カリスマ指導者対談「エアロビクスにはまったきっかけは……」(高田巖④)【髙田一也のマッスルラウンジ 第22回】

パーソナルトレーナーとして確固たる地位を築いてきた髙田一也さん。今回の対談はエアロビクスのインストラクターとして多方面で活躍されている高田巖さんを招いての第4回目。超ポジティブ思考の巖さんと、普段着の一也さんのやりとりは必読です!

※読まれる前にひとつだけご注意。「(笑)」が多く、うるさく感じる方もいらっしゃると思いますが、それくらい笑いが絶えない対談となりました。雰囲気を正確にお伝えするため何卒ご容赦ください。

髙田一也(以下、一也):将来はどうしたいのか、何かプランはお持ちですか?

高田巖(以下、巖):この仕事していて「将来どうすんの?」ってよく聞かれるけど、意外と考えないタイプかな? その日その日で為せば成る、生きていけるって感じ⁇(笑)。例えば60歳になったときの自分を想像してみて、なんて言われても、そんなのわからないし‼︎ なんて返すタイプ(笑)。将来の自分より今の自分しか見ていない(笑)。本来は、もっと先を見据えないといけないのだけど……。

一也:でもそう言いながら、巖さんは60歳になれば60歳になったときのことをちゃんとやってると思うんです。ただし、たま~にギックリ腰になりますよね。

巖:ギックリ腰は1回だけだしっ!(笑)

一也:でも、朝にギックリ腰をやっても、そのままエアロビクスを教える仕事に行ってるんですよ。トレーニングのときは「イタタタタタ……」なんて言ってるんですけど、でもそのまんまヨガやエアロビクスのレッスンをしに行っちゃう。

巖:仕事ですからね〜(笑)。腰痛だろうと、なんだろうと出来る限りこなしたいですからね!(大笑)

一也:本当にシンプルな考え方(大笑)。でもそれが好きなんですよ! 常に、物事に対してあまり深刻には言わないですけど、「生きてる感」というか、そういったものを巖さんから強く感じるんです。普段はワケのわからない文句ばっかり言ってる。だけどやることはやる。そういう意味では根本が前向きですよね。小さいときからそうだったんですか?

巖:ただの突然変異ですよね (笑)。子どものときには、そこまで運動が好きではなかった、でも今は運動を愉しんでいます。

一也:僕が聞いたことに対して、なんの答えも返ってきてない!(爆笑) じゃあ、何歳のときにエアロビクスのインストラクターを志したんですか? そのキッカケは?

巖:自分は小さいころ、水泳一本だったんですよ、でもそんなにいい成績を取ったこともなくて……なので水泳は一度、辞めてるんです。そして社会人になって仕事をしてたんですが、たまたま昔の知人にバッタリ会ったんですね。そしたらその知人がスイミングクラブで水泳の先生をしてたんです。そのときに、人に教える仕事って楽しそうだなぁって……なんかその仕事にすごく惹かれたんです。
そのとき、凄く興味があってアルバイトを募集していないか尋ねたんですよ。そしたら偶然にも、そこのスイミングクラブが大人のスポーツクラブをつくっている最中なので募集しているということだったんです。ただ水泳の先生の募集ではないけどフロントのスタッフだったら募集しているとのことでしたが、とにかくそこでやってみたいと言う思いが強くフロントスタッフとして働くことに……。

一也:新しい話が出てきましたね~。

巖:で、フロントの仕事をしてたわけなんですけど、隣にエアロビクススタジオがあり、そこでエアロビクスのレッスンが行われていたんです。外から眺めていても楽しそうだったんですね。そこで自分も仕事終わりにレッスンを受けたら楽しくてはまっちゃったんです。そこで毎日レッスンに出るようになったら、自分の勤めていたスポーツクラブだけでは物足りなくなって、地元のスポーツクラブを転々とするようになったんです。アチコチのスポーツクラブに行くから、エアロビクスの追っかけになってしまったのですよ(笑)。

そのとき、地元のインストラクターの方に、東京に行ってエアロビクスのレッスンを受けてみたいんだけど……、どこかオススメのクラブ知りませんか? と尋ねたらって、大手のスポーツクラブを紹介されまして……。

そしてそこのレッスンを受けてみたら、参加者が100人もいるようなレッスンで、人数にも圧倒‼︎ 動きにもついていけなくて‼︎ それがカルチャーショックで、いつかリベンジしてやりたいという思いが募り毎週夜行列車に乗って通うようになりましたね。(笑)

一也:うんうん。

巖:そんな感じで地元のスイミングクラブの仕事をやりながら、休みになれば東京のスポーツクラブにも通っていたんですけど、いつの日か東京に出てインストラクターになりたいと言う気持ちが強くなってきまして……。ちょうどスイミングの仕事を10年続けたときに、東京で仕事をしたいと上司にその旨を伝えたら、上司が「行けばいいじゃん」と背中を押してくれたんですよ。自分的には、引き止めるかと思いきや意外でしたね(笑)。

一也:社長もさっさと行ってほしかったんだね!(笑)

巖:はぁ!? そうですよねっ!(笑)でも上司は1カ月くらいで地元に帰ってくるかもと思っていたみたいだけど……(笑)。結局戻らず、今に至るわけですよ(爆笑)。

一也:この話は何歳くらいのときのこと?

巖:30代前半!? でもエアロビクスのインストラクターの仕事を新たにするには、オーディションを受けなければいけなかったんです。地元にいたときから東京の情報を調べて、片っ端からオーディションを受けました。このときにアクアビクスの資格を持っていたのでアクアのオーディションを受けまくりました。

でも、当初はアクアビクスのレッスンだけで週10本位のレッスン……それだけだと生活も大変で……ただエアロビクスのレッスンの資格がなかったので、エアロビクスの養成も通いました。見知らぬ地でフリーでインストラクターしながら養成通いというかなりハードな環境でしたが、エアロビクス養成卒業後に一気に仕事が増え、ありがたいことに週30本以上のレッスンを担当することに……。それ以後は仕事が安定して、カテゴリーも増え幅広く仕事をするようになりました。

一也:そうやって今の地位を勝ち取ってきたんですね!

巖:それもあってか、おかげさまで地方からも仕事の依頼がくるようになり、そこで「髙田巖」という名前が広がり……。家族も地元のスポーツクラブに通っているのですが、「髙田巖を知ってるよっ」って言われたみたいで。それが家族にとってインストラクターとして活動していることが実感できうれしかったみたいなんですよ。今では髙田巖が東京で活動していることを家族も応援してくれている。ただ認めてもらうまでに時間はかかったけど、インストラクターでいてよかったと思います。

(つづく)

髙田一也(たかだ・かずや)
1970年、東京都出身。新宿御苑のパーソナルトレーニングジム「TREGIS(トレジス)」代表。華奢な体を改善するため、1995年よりウエイトトレーニングを開始。2003年からはパーソナルトレーナーとしての活動をスタートさせ、同時にボディビル大会にも出場。3度の優勝を果たす。09年以降はパーソナルトレーナーとしての活動に専念し、11年に「TREGIS」を設立。自らのカラダを磨き上げてきた経験とノウハウを活かし、これまでに多数のタレントやモデル、ダンサー、医師、薬剤師、格闘家、エアロインストラクター、会社経営者など1000名超を指導。その確かな指導法は雑誌やテレビなどのメディアにも取り上げられる。
TREGIS 公式HP
高田巖(たかだ・いわお)
民間フィットネスクラブを中心に、インストラクターとして活動。東京都内を拠点としエアロビクス、アクアビクス、ヨガ、調整系、ダンス系、リラクゼーションのレッスン、そしてジムパーソナル、スイミングパーソナル等、様々なカテゴリーを担当。2016年JAFスポーツエアロビック仙台オープン優勝、AFスポーツエアロビック福岡オープン準優勝。

インタビュアー
立華徳之真(たちばな・のりのしん)
パフォーマー兼パフォーマー専門の美容家・治療家・スポーツ指導者。陸上競技・体操・バスケットボール・フィットネス・トレーニング・ジュニアスポーツ・体育施設運営管理・サプリメント・スポーツボランティアなどの専門資格を所持。また柔道整復師・美容師・登録販売者・診療情報管理士として美容・健康・医学領域および出版・映像・イベント・教育・ITなどの実務をこなす。ほか殺陣やアクション、神経系コーディネーションや能力開発などの分野で活動しているハイブリッド。
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