猫ひろし密着取材③ 「世界記録まであとたったの25分なんです」




カンボジア代表としてリオオリンピックに出場した猫ひろしさん。密着取材ラストとなる今回は、トレーニング直後を直撃! 加圧トレの効果と今後の目標についてきいた。

――こちらのジムに通うようになったキッカケからお願いします。

 伊藤先生の大学の先輩に、有名な長距離走者で今は指導者としても活動している平塚潤さんという方がいるんです。僕は平塚さんと仲よくさせていただいていて、よく一緒に走ったりしていたんです。その平塚さんを通じて、後輩が自由が丘で加圧のジムをやっていて、体幹も鍛えられるし、マラソンにも有効だから、と紹介していただいたのが伊藤先生でした。2010年だから、僕がまだ日本人だったころです。

――筋トレに対する抵抗感はなかったのでしょうか。

 そもそも僕には知識がなく、運動もあまりやったことがなかったんで。35㎞くらいで疲れてきたときに、乳酸が出ているから、そのつらさも味わえるからと、平塚さんにも勧められたんです。実際、トレーニングの効果を体感するまでに、あまり時間はかかりませんでした。タイムはすぐに伸びていきました。

――具体的には、どのような変化があったのでしょう。

 僕は猫背だったんです(苦笑)。それが姿勢がよくなって、胸を張って歩けるようになりました。また走っているときに軸がブレないので、きれいな姿勢で腕を振れるようになりました。実際に、走るフォームがきれいになったとよく言われます。体は連動して動くので、終盤に疲れてしまって足が動かなくなったときでも、腕を振れば前に進めるんです。

――2010年に2時間55分と初めて3時間を切り、2015年の東京マラソンでは自己ベストとなる2時間27分という記録を残しました。5年で約30分もタイムを縮めました。

 はい、新幹線の進化よりも速いです(笑)。「こだま」「ひかり」「のぞみ」そして「ひろし」(笑)。

――トレーニング頻度は?

 週に2回です。加圧は脳をだまして行うトレーニングなので、それ以上やると脳が慣れてしまうらしいんです。だから、走りは毎日やっていますが、トレーニングは週2回に留めています。毎週月曜日に1カ月後のパーソナルトレーニングの予約が取れるんです。月曜になると速攻で電話をして、予約を入れるようにしています。

――カンボジアに行かれている……、いや帰られているときは、どのようにしているのですか。

 年間で3カ月間くらいはカンボジアで練習しているのですが、伊藤先生からベルトを借りて、現地のクーラーのないジムで汗をかきながらトレーニングしています。現地の人たちは加圧トレーニングなんて知らないから「何をやってるんだろう?」「ケガでもしたのかな?」って好奇の目で見られますね。ベルトはリオのオリンピック村にも持っていきました。

――それにしても、当初は批判もされましたが、国籍を変えて、本当にオリンピックに出場されました。

 これでオリンピックに出なかったら、ただカンボジア人になっただけでしたからね。それはそれで面白いんですが、本当にオリンピックに出たほうがもっとおもしろいと思うんです。一番面白いのは僕が1位で帰ってくることなんですが、そこまでには至らなかったです。

――判断基準は「面白い」か「面白くないか」なんですね。

 常にそうですね。300年後くらいに、すごく笑えると思うんですよ。「昔、国籍を変えてオリンピックに出ている芸人がいた」って。
オリンピック選手から芸人になった人はいるけど、オリンピックに出た芸人って世界で僕だけなんです。

――今後の目標をお願いします。

 世界新記録を出したいです。僕の自己ベストは2時間27分。世界記録まであとたったの25分なんですよ。

――たったの、ですか。

 リオオリンピックが終わったあとに金沢に仕事で行ったとき、パン屋さんに寄ったら、そこに威勢のいいおじさんがいたんです。よく見たら、島田洋七師匠でした。偶然、同じパン屋さんに入ったんです。洋七師匠は「おう猫、何しとるんや」「オリンピックに出たんやって? どうやった?」と。
「2時間40分台でした」
「1位とどれくらい差があるねん?」
「30分くらいです」
「生きていくなかで30分なんか一瞬やで」

そのときに、「あ、僕もそういう考え方でいこう」と。確かに、長い人生のなかで30分なんて一瞬なんですよ。世界記録を出したら「がばいマラソン」という本を出そうと思います。

――まだまだ速く走れそうですか。

 これは動物的感覚、いやアスリートとしての感覚なのですが、もうちょっと速くなると思うんです。練習と調整がうまくいったときは、ベストのタイムを出せるんです。僕は練習ノートをつけているんですけど、東京マラソンでこのタイムを出すために、2カ月前にスピード練習はこのタイム、1カ月前の40㎞コースではこのタイム、と計画立てて練習しているんです。いい感じで練習を進められています。自己ベスト、いけそうな気がします。
今、僕は40歳なんです。猫だったら2回は死んでいます。選手寿命は、あと2、3年だと思います。走ること自体は生涯続けますが、競技者としては限界があるので、そこまではがんばろうと思っています。

取材/藤本かずまさ 撮影/神田勲

<取材協力>
加圧トレーニングジム「DEUX」