闘うための体と心を作る! トップ格闘家が集まる走り込みトレーニングに潜入




格闘家にとって、足腰や心肺機能を高める“走り込み”のトレーニングは不可欠なもの。そんな格闘家たちが集まり、階段や坂道でダッシュを繰り返すトレーニングがあると耳にし、関東近郊の某所に向かいました。

到着したのは、とある神社の石段。見上げるような高さで角度もかなりキツイ、歩いて登るのも諦めてしまいそうな急階段です。その階段を屈強な体の選手たちが降りてきます。どうやら、この階段を使ってトレーニングが行われているようです。

このトレーニングを主催するのはボクシングトレーナーである野木丈司さん。白井・具志堅スポーツジムのトレーナーを務め、多くの格闘家にパンチを教えていることでも有名な方です。この階段を使ったトレーニングは毎週この地域の周辺にある急な階段や坂道を使って行われているとのこと。しかも、もう20年近くの間、続いているというから驚きです。

この日、集まっていたのは総合格闘家の所英男選手や、キックボクサーでつい先日までラジャダムナンスタジアムのベルトを保持していたT-98選手など、幅広いジャンルの選手たちが参加していました。

この急な階段を選手たちは全力で駆け上がります。

走って登るだけでなく、野木トレーナーの指示に合わせて両足ジャンプなど、さまざまな方法で登ります。

下の方は1段飛ばしで、上の方の段は1段ずつというように1本の中でもバリエーションが設けられています。

野木トレーナーが繰り返し選手たちにかけていたのは「股関節を使って」という言葉。パンチは手で打つものではなく、地面からの反力を拳に伝えるもの。そのキーとなる股関節を意識させるのが目的のようです。

階段でのダッシュに続いては、その横にある坂道(こちらもかなり急な角度)を駆け上るダッシュ。歩いて登るのも嫌になりそうな急坂ですが、選手たちはスゴい勢いで駆け上がっていきます。

この日は久々の参加だったという所選手もキツそうな表情を浮かべながらダッシュを繰り返していました。

最後の階段部分では「2段飛ばしで」と野木トレーナーから声がかかります。足腰のバネも相当鍛えられそう。

坂道でのダッシュが終ると再び階段に戻ってトレーニングは続きます。1本ずつ全力疾走を繰り返しているので、選手たちは相当キツそう。初めて参加した人は、だいたい吐いてしまうということですが、それも理解できます。

階段では、後ろ向きに走って登ったり

手すりを掴んで跳び越えながら登っていったりとハードなメニューが続きます。

3歩登って1歩下がるというメニューも。疲れた体でリズミカルに行うのは相当キツそうです。

登りだけでなく、手すりに掴まりながら猛スピードで降りるメニューもありました。

最後は再び階段を駆け上がってこの日のメニューは終了。

全部で2時間オーバーの内容でした。写真を撮りながら2〜3往復、普通に歩いて昇り降りしましたが、それだけでヒザが笑ってくるような急で長い階段をこれだけ何本も駆け上がる選手たちの体力は驚愕に値します。野木トレーナーが「トップレベルの選手しか続かない」と言う意味がわかりました。

終了後、もう10年以上もこのトレーニングに参加しているという所選手に話を聞きました。
「この辺に同じような階段が4〜5箇所あるのですが、週替りでそこを回るので、慣れることも飽きることもなく続けて来ることができました。1回休むと、ついて行くのがキツくなるので、なるべく休まないようにしていますが、この前試合があったので、ちょっと間があいてしまって、今日はキツかったですね。このトレーニングをしているからこそ、自信を持ってリングに上がれますし、試合でもスタミナの心配をしないで最後まで動き続けることができます。階段で自分を追い込めた時は、いい試合ができますし、逆にこなしているだけだったような時は試合もそうなることが多い。それくらい試合に影響するトレーニングですね。このトレーニングをしないで試合はできないと思うくらい、自分にとっては重要トレーニングです」(所選手)
今年40歳になった所選手ですが、今でもアグレッシブに動き続けるスタイルの試合を見せてくれるのは、裏にこのトレーニングがあるからこそと言えそうです。

野木トレーナーはボクシングを始める以前は陸上の選手として活躍し、高校時代(千葉県立佐倉高校)は小出義雄監督の指導を受けていました。「小出監督とは今も連絡を取り合っていますし、指導の内容や練習メニューなどはボクシングにも採り入れています」と言います。
実は、今回取材したコースは高橋尚子さんも走ったことがあり「現役の時に知りたかった」と効果を認めていたとのこと。陸上競技の知識やノウハウもあるからこそ、こうしたトレーニングが可能になっているとも言えます。
「階段を使ったトレーニングを始めたのは、たまたま家の近所にこういう場所を見つけて『これはいいトレーニングになるな』と思ったのがきっかけです。階段は平地に比べて負荷は圧倒的に高いですが、故障のリスクは少ない。故障の一番の要因になるのは着地の衝撃ですが、登り階段はそれが少ないですからね」(野木トレーナー)
当初は自分で教えているボクサーを中心に行っていたが、いつの間にか口コミで広まり、多くの選手が集うようになったといいます。
「白井・具志堅ジムの選手にはやらせていますが、それ以外の選手にこちらから声をかけることは基本的にありません。みんな自分から『今週はどこですか?』と聞いてきます。その競技ではトップレベルの選手が多いですね。もちろん、1回来て2度と顔を見せない選手もいますが、継続的に通って来る選手がいるということは、何かしらの成果を感じてくれているのだと思います。格闘技に必要な足腰と心肺機能は確実に鍛えられますからね。それと『精神的な自信になる』と言う選手も多いですね。確かに試合でスタミナが切れた時よりもキツイ状態まで追い込めますから、自信にはなるのだと思います」

実は、この日、総合格闘技のメジャーリーグとも言えるUFCで活躍する岡見勇信選手も久々にこのトレーニングに参加するため、別の場所で自主トレを行っていたとか。
「連絡をもらったので『来なよ』と言ったのですが『久々なので、みんなに迷惑をかけるといけないから』といつも使っている別の場所で1人でやっていたようです」
岡見選手ですら、久々に参加すると足を引っ張ってしまうことを心配するくらいハードなトレーニングだということでしょう。相手に立ち向かう強靭なフィジカルだけでなくメンタルも育てる階段トレーニング。この日以来、駅ではエスカレーターは極力使わず、できるだけ階段を使うように心がけるようになりました。精神を鍛えるような負荷には到底なり得ませんが……。

取材・文・撮影/増谷茂樹