全力さん ~日本一全力なサポーターの応援のカタチ~ ①

「あの人、大丈夫……?」――日本代表戦のTV中継で抜かれた、まるで過呼吸になっているようなヘロヘロな応援姿が話題を集め、一躍時の人となった「全力さん」こと加納広明さん。ワールドカップロシア大会開幕まで2ヶ月となった今、VITUP!では全力さんに直撃!彼の考える応援・サポートのカタチを探るとともに、東京ヴェルディのサポーターとして活動する1日に密着した。

ヴェルディにハマったきっかけは
「暇だったから(笑)」

――全力さんがサッカーの応援をするようになったのはいつからなんですか?

全力さん きっかけは2000年シドニーオリンピックですね。そこで日本代表がベスト8に進出する活躍を見て、サッカーを見始めたんです。その2年後には日韓ワールドカップが開催されてどんどんハマっていって、その流れでJリーグも見るようになりました。

――東京ヴェルディを応援するようになったきっかけは?

全力さん たまたまです。暇だったんですよ(笑)

――暇ですか?

全力さん 本当にたまたま味の素スタジアムに来たんです。2007年のFC東京vs東京ヴェルディのプレシーズンマッチでした。無料だったし、暇だったのでフラっとスタジアムに来て。その時はどっちが好きとかはなかったんですけど、FC東京のほうは満杯、ヴェルディはガラガラだったし、じゃあ座れるところに行こうかなぁと思ってヴェルディのほうにいったのが最初ですね。

――その時は当然、端っこに座って見ていたんですよね?

全力さん はい。応援じゃなくただの観戦。

――それが、次第に応援という感じになっていく。

全力さん そこから少しずつ味スタに行くようになって、2008年に初めてヴェルディのユニフォームを買ったんです。最初はやっぱり端っこに座って、リズムに合わせて小さく手を叩くだけ。でも次第に知り合いもできてきて、せっかくだから一緒に応援しようよって言われて応援に混ぜてもらうようになり、「観戦」から「応援」にシフトしてきました。日本代表の応援を本格的に始めたのも同じ頃でしたね。

――ただその年にヴェルディは2度目のJ2降格となってしまった。

全力さん クラブの体制とか経営とかいろいろな問題がありましたけど、J2だろうが自分としては変わらず応援しようと思ってたんです。ところが、2009年に新シーズンがはじまったら、前年に一緒に応援していたメンバーはみんなスタジアムに来なくなっちゃって。ひとりぼっちになってしまいました。

――それは寂しいですね。

全力さん でも、そこで危機感を持ったんです。特にその年は1年でJ1に戻るつもりでいたんですけど、よく覚えているのが3月末に国立競技場で行われた栃木SC戦。当時J2に上がってきたばかりの栃木に大苦戦して、終了間際にPKを獲得して1-0で何とか勝ったんですけど、そこまで苦戦するとは思っていなくて。自分たちももっと本気でやらないとダメだって思いました。

――そこから、“全力”のカタチがはじまった?

全力さん 今みたいになったのはもうちょっと後だと思うんですけど、その年、その試合がきっかけだったと思います。そこからまた知り合いというか、一緒に応援する仲間が増えていって、2012年の開幕頃には「加納組」っていうサポーターグループをつくりました。最初は10人くらいだったんですけど……今は何人かわかりません(笑)。たぶん4、50人くらいです。

――ちなみに、「全力さん」と呼ばれるようになったのはいつから?

全力さん たぶん、2013年シーズンの開幕してちょっとした頃だと思います。誰がつけたかはわからないんですけど、子供が寄ってきて、「あ、全力さんだ!」って言ったらしいんです。それが次第にヴェルディのゴール裏に広まっていって。

――加納広明(本名)から、全力さんの歴史がスタートしたわけですね。

全力さん 僕としてはやってることは変わらないですけど、そういうことになりますね(笑)

次回は、全力さんがチームをサポートをするうえで大切にしていることを語ってもらいます。

全力さん(本名:加納広明)
サッカー日本代表、東京ヴェルディのサポーターとして、常に全力応援でチームを鼓舞し続けている。アウェイ遠征時には相手チームのサポーターに囲まれて記念撮影を求められるなど、日本サッカー界で最も有名なサポーターと言っても過言ではない。なお年齢・職業は非公開とのこと。

聞き手/木村雄大 写真/須﨑竜太