【コラム】大学スポーツの未来④




5月16日に東京大学本郷キャンパスで開催されたシンポジウム、「大学スポーツの未来」を紹介する本連載。最終回の今回は、シンポジウムの第2部、「大学スポーツと学生アスリートの未来〜動き出した大学スポーツ改革〜」を取り上げる。

この第2部は、共催者であるテンプル大学と筑波大学アスレチックデパートメントの両校の挨拶と講演から始まり、これを受けてのパネルディスカッションという形式で進められた。

浮き上がったのは、日米両国の大学スポーツが置かれた環境のギャップだ。潤沢な予算を確保、怪我を減らしことに重点をおき、かつ学業成績を重視するアメリカ。一方、日本の大学スポーツは、「課外活動」という言葉が象徴するように、学校からの支援が希薄である。筑波大学スポーツアドミニストレーターの山田晋三が述べたように、経済的支援が限定的で、健康面のリスクに対するマネジメントが希薄、指導者の質を保証できる構造ではないなどの問題がある。筑波大学アスレチックデパートメントが掲げる、「学校の部活動から正式な教育活動へ」というスローガンは、日本の大学全体が抱える問題とも言えるだろう。

来日したテンプル大学アメリカンフットボールチームの事例が、アメリカの大学スポーツの充実ぶりを物語る。ヘッドコーチのジェフ・コリンズによると、学業成績のGPAの数値にベースラインを設けているが、チームのGPSは3.02。3ポイントを上回るのは、成績優秀と評されるスコアである。選手の典型的な1日が映像で紹介されたが、管理された食事、PT(Physio Therapist:理学療法士)による身体のケアなど、学業と競技成績の両面を重視し、学校側が手厚く支援していることが伝わってきた。

PTの存在1つを取っても、日米間の格差が明確である。パネルディスカッションに登壇した、筑波大学女子ハンドボール部のグレイ クレア フランシスは、怪我からの早期復帰を目指し、毎日リハビリに通いたいが、費用の問題により、それができないことを述べていた。医学部が存在する筑波大学において、選手が恩恵を受けることができていないという事実が、大学スポーツが「課外活動」であることを物語っている。

日米間だけではなく、日本国内における、大学間の環境格差も大きい。一部の強豪校が、大学を挙げての支援体制を整えたり、スポンサーをつけたりしているのに対し、大学のチームの大半は「部活」の域を出ていない。一部強豪チームの指導者は、大学職員や雇用契約を結ぶプロであるが、それ以外の大半、特に国立大学のコーチは、週末に無償で顔を出すOBだ。中には優れたコーチも存在するが、「指導体制」とは言い難い。パネルディスカッションの登壇者の1人、東大アメリカンフットボール部ヘッドコーチの森清之は京大出身だが、こうした他大学出身の「外様」の指導者を招くこと自体に抵抗感を持つ部も多い。日本代表のヘッドコーチも務めた森は、30年前を振り返り、テニスや水泳などのインストラクターが指導で生計を立てることが可能であるのに対し、アメリカンフットボールでは不可能であったことを指摘したが、この状況は今日の大半の他競技にも当てはまる。

また、強豪校の強化体制とて、必ずしも充分に整備されているとは言えない。数年前、専門誌『ラグビーマガジン』に、筑波大学ラグビー部の食事についての記事が掲載されたことがある。部員たちが、自分たちで考え、自己管理をしているという趣旨だったが、その内容に愕然とした。ある日の食事の事例として、唐揚げ定食が記載されていたのである。記事として掲載されるのであるから、模範例を提出するのが当然だろう。ところが、そこに唐揚げ定食である。いかに栄養管理が杜撰であるかを物語っている。ある元日本代表の同部OBは、「恥ずかしい」と嘆いていた。医学群、体育専門学群を擁する大学で、このようなことが起きていることは深刻だ。「学生の自主性に任せる」とは聞こえのいい言葉だが、果たしてそれで済まされる問題なのかは疑問である。

国立大学の中でも、とりわけ体育系学部や体育教育課程学群が存在する筑波大学や鹿屋体育大学、東京学芸大学などには、学生スポーツ環境の改善と充実が期待されて良いだろう。また、最先端研究を進める東大も、スポーツ環境の整備が望まれる大学の1つだ。筑波大学は、2年前に株式会社ドームとの提携を開始し、この4月には、「アスレチックデパートメント」を立ち上げた。こうした取り組みが、日本の学生スポーツの環境改善に好影響を及ぼすことが期待される。

東大アメリカンフットボール部ヘッドコーチの森は、教育的価値が叫ばれるが、「チームは誰のものか?」が曖昧であることを指摘した。この5月、アメリカンフットボールの悪質タックル問題が明るみになった。シンポジウム開催日は、まだ当該選手の記者会見も開催されておらず、事件の全容が世に伝わっていない段階だ。しかし、このシンポジウムの内容が物語るように、「大学チームは誰のものなのか?」は、指導者の問題に留まるものではない。コーチの指導力とモラルの向上、設備投資やメディカル体制の充実など、日本の大学スポーツが抱える問題は多岐に渡る。競技と学業、選手たちが成長を促す、大学スポーツの環境整備が待ち望まれている。

取材・文/木村卓二