カズとボンバーと私。年齢を重ねて、失うもの<得るもの【佐久間編集長コラム「週刊VITUP!」第21回】

VITUP!読者の皆様、こんにちは。日曜日のひととき、いかがお過ごしでしょうか? 私は関西への出張の際、猛暑のなか10分少々歩いて目的のお店に行き、汗だくになりながらラーメンを食べるという暑さへのチャレンジをしてきました。とくに意味はありません。

さて、暑いと言っても屋外スポーツは通常営業。先日、サッカー天皇杯3回戦、横浜F・マリノス対横浜FCの“横浜ダービー”を観戦してきました。この試合で、横浜FMは40歳のボンバーこと中澤佑二選手、横浜FCは51歳のカズこと三浦知良選手がスタメン出場。かつて日本代表として活躍した両者のマッチアップに注目が集まりました。

Jリーグが開幕したのは私が高校3年生のとき。当時バリバリの日本代表のエースだったカズの華やかなプレーに、多くのファンが魅了されました。51歳となった現在のカズには、往年のキレは当然ありません。しかし、全力でボールを追う姿や、若いチームメイトに声をかけて鼓舞する姿には、20代のキレキレだった頃とは違う魅力を感じました。

一方、中澤選手は現在もJ1の舞台で、リーグ戦連続フルタイム出場を続ける鉄人。この日は延長戦を含めて120分間、ハードなディフェンスでチームを支えました。日本代表として屈強な外国人FWを相手に強靭なフィジカルで戦っていた時代と比べると、肉体的な衰えはあるはずですが、的確なポジショニングや経験による判断力でピンチの目を摘んでいきました。2人の大ベテランの奮闘を見ていると、なんでも年齢だけで判断でするのは正解ではないと改めて思いました。

若い頃は年をとるのが嫌でした。10代、20代の頃は40代といったらさえない中年という印象で、50代なんていったらヨボヨボのおじいちゃんぐらいのイメージがありました。でも実際40代になってみると、意外と年をとるのも悪くないと思える自分がいます。きっと年齢なりの上積みを実感できているからだと思います。10代、20代の頃、年をとるのが嫌だったのは、若さ以外に自分の武器が何もなかったからです。年をとって若さを失うと自分には何も残らない。そう思うと年齢を重ねることが恐怖だったのです。

「30代とかマジおばさんで終わってるし」とか「40代って化石じゃね」みたいなことを言っている10代、20代の若者の皆さん、心配しなくても人間はみんな年をとります。いずれ30代、40代となり、50代、60代となるときがきます。「年をとるなんて嫌だぁ」と思っているうちは、まだ年齢以外の武器が自分にはないという証拠です。

年をとれば若いときにできたことができなくなることも当然あります。私も今は4日も5日も連続で徹夜作業はできないし、海外を旅しながらの入稿作業なんてとてもできません。だけど、「化石になった」とも、「終わった」とも思っていません。なぜなら年齢とともにできなくなったこと以上に、年齢と経験を重ねたことによってできるようになったことがたくさんあるからです。

カズ選手と中澤選手が肉体的には衰えても輝いて見えるのは、年齢とともに失ったもの以上に得ているものが大きいからだと思います。「鉄人アスリート」のコーナーで紹介している永田裕志選手や原英晃選手もそれは同じです。記事にもあるように、彼らの生き方やトレーニングに対する考え方には唸らされるものがあります。共通しているのは、常に向上心を持ち続けているということでしょう。

年齢を言い訳にしない。それは若手もベテランも同じだと思います。「若くて経験がないからできません」ではなく、経験がないからこそチャレンジしたことが経験となり、財産になるのです。「年だからもうできません」ではなく、積み重ねてきた経験を武器に違うやり方を探せばいいのです。それがまた新たな財産となります。

「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ」

これはパラリンピックの創始者であるルードヴィッヒ・グッドマン博士の言葉。できない理由を探すより、できる方法を探すほうが有意義だし、きっと人生が楽しくなると思います。

佐久間一彦(さくま・かずひこ)
1975年8月27日、神奈川県出身。学生時代はレスリング選手として活躍し、全日本大学選手権準優勝などの実績を残す。青山学院大学卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。2007年~2010年まで「週刊プロレス」の編集長を務める。2010年にライトハウスに入社。スポーツジャーナリストとして数多くのプロスポーツ選手、オリンピアンの取材を手がける。