減量って何だ? ALSOKレスリング部・大橋正教監督に聞く①

レスリング、ボクシング、柔道、ウエイトリフティングなど、体重別に行なわれる競技では、選手が減量をすることが多い。一般の人が行なうダイエットとアスリートが行なう減量は何が違うのか!? グレコローマンレスリングのバルセロナオリンピック代表であり、現在はALSOKレスリング部の監督を務める大橋正教さんに減量についてのお話をうかがった。

減量は人それぞれだから絶対的な方法はない
“減量失敗”とは体重を落とせないことではない

レスリングはボクシングや柔道、ウエイトリフティングなどと同じく体重階級制競技。体重差によるハンディキャップを解消するため、体重の近い選手同士が対戦する。しかし、それでもほとんどの選手は試合前に減量し、普段の体重より下の階級に出場する。

なぜ、選手たちは減量して試合に臨むのか?

1992年バルセロナオリンピック、グレコローマンスタイル48キロ級に出場。現在はALSOKレスリング部の監督として、オリンピック・世界選手権のメダリストを多数輩出してきた大橋正教監督はその理由を次のように説明する。

「普段の、ナチュラルな体重の階級で勝てれば理想的でしょう。でも、自分より重い選手が体重を落とし、計量をパスして、試合までに少しでも体重を戻して出てきたらなかなか勝てない。体重差があるわけですから。だから、選手はできるだけ減量して、下の階級に出場するんです。勝つために!」

ALSOKといえば、リオデジャネイロオリンピック前まで所属していた吉田沙保里(至学館大学副学長)、そして現在も所属する伊調馨選手。彼女たちは女子レスリングがオリンピック正式種目となった2004年アテネオリンピックから北京、ロンドンと3大会、まったく減量しないどころか、階級のリミットを下回る体重でオリンピック3連覇を達成したが、大橋監督は「吉田と伊調は特別」と言う。

「彼女たちは世界でもズバ抜けた強さを持っていたので、ほかの選手より少しぐらい軽くても勝てたんです。また、あの3大会、女子は4階級しか実施されず、彼女たちにとって本当にベストの階級がなかったですからね」

事実、女子が4階級から6階級に増え、同時に階級が変更された2016年リオデジャネイロオリンピックでは、吉田は55キロ級から53キロ級へ、伊調は63キロ級から58キロ級へ変更。それぞれわずかながら減量し、吉田は銀メダルを獲得し、伊調は女子選手初のオリンピック4連覇を成し遂げた。

大橋監督曰く、「減量に絶対的な方法はない」

「人によって体質が違うし、筋肉の付き方も違い、食欲も違う。季節によって温度や湿度が違えば、汗のかき方も違ってくる。同じことをやっても、体重が落ちる選手、落ちない選手がいます。もっと言えば、同じ選手が同じことをやっても、体重がスーっと落ちるときもあれば、まったく落ちないときもある。体重を落とすためにはいろいろな方法がありますが、“コレだ!”という方法はない。だから、教えられないんです。自ら経験して、試行錯誤して、つかんでいくしかない。

何を口にしたか、どんな練習をどれくらいしたか、それでどれだけ体重が落ちたかを細かくメモしたり、表やグラフにする几帳面な選手もいます。僕は大学の初めの頃までかな、ノートにつけていましたが、その後は感覚の積み重ねというか、記録はしませんでした。減量のベストな方法は人それぞれ、うまくいっても次にまったく同じやり方をしても、その通りにできなかったり。すべては結果次第。うまい具合に体重が落ち、コンディションよく試合のマットに立てれば、それが最高の方法なんです」

実際にレスリング選手はどのように減量しているのか。大橋監督が自らの経験に基づき、普段52~53キロある選手が1週間後の試合に48キロ級で出場する場合の減量法を説明してくれた。

「どこから減量“スタート”かというと難しいんですけどね。かなりオーバーしている選手なら、数カ月前から食べる量を減らして節制、少しずつ体脂肪を減らしていきます。試合に向けて長くかけて少しずつ落とす選手もいれば、短期間で一気に落とす選手もいます。体力的なことを考えたら1週間ぐらいで一気に落としたほうがいいでしょうが、それも個人差ですから。

僕の場合、1週間で4~5キロ落としていました。初日、まずはおかずの量を減らします。炭水化物、ご飯は減らさず、むしろ少し多いぐらいにして。ご飯を減らすとエネルギーが枯渇して、練習できなくなりますから。逆にこの期間、肉を食べて筋肉をつけても仕方ない。水分を控えるのはまだまだ先。練習は1日2回。朝のロードワークで800グラム減らして、午後のマット練習で1.2キロ。トータル2キロ減らして、食べて1.5キロ戻し、初日は500グラム減量。最初はそんな具合に体を慣らし、3日目、4日目ぐらいから試合日に合わせて調整し、食べる量をドンドン減らしていきます。必ずしも計画通りにはいきませんけど。減らなかったら、“次の日がんばろう!”と自分に言い聞かせて練習に取り組む。水分を摂らないのは最後1日だけ。早くから水分を抜くと、絶対にダメ。体が動かなくなります。

大事なのは、勝つための減量だということ。減量して計量パスするのは、試合に出場する条件をクリアするだけで、勝てなければ意味がない。試合前にコンディションを整えるのはもちろん、勝つための技術確認やスパーリングをしっかりやることが大事です。

減量のために汗をかかなくてはと、マット練習のときから何枚も着込む選手が時々いますが、そんな恰好では運動量が落ちてしまいますし、レスリング本来の動きはできない。シングレット(レスリングのユニフォーム)か短パン、Tシャツでとことん練習する。薄着でも動けば汗は出ますし、練習で追い込んで、汗がでたところでサウナスーツでもなんでも着込んで最後30分、減量のために走ればいい」

「勝つための練習」と「減量のための練習」、それをしっかり分けることが大切だと大橋監督は強調する。

「そうやって落としていって、最後1キロとなったあたりが一番キツイ。空腹との闘い、ノドの渇きとの闘い。先ほども説明したように、水を飲むのをやめるのは最後の最後ですから、翌日がんばるためにコップ1杯の水を飲む。ささやかな喜びですよ。そうそう、僕はそれプラス、コーラでうがいしていました。炭酸のあのシュワッとしたのがノドから全身にしみわたる感じがよくて。それでおしまい。もったいないですけど、飲み込まずに、吐き出します。

減量をしていると、とにかく暑い。汗を出し切って、水を好きなだけ飲んでいるわけじゃないから、体の中の水分がなくなって体が火照ってくるんです。体温調整ができていないんでしょうね。空腹で、ノドが渇いて、イライラしてくる。眠れなくなって、天気ばかりが気になってね。寒かったり、雨や風が強いと、走っても汗がでないので体重が落ちない。疲れるだけの走りはしたくないですからね。とにかく、1日に何度も体重計に乗って。試合のことを考えると、落としすぎてもダメ。ギリギリのところがベスト。心配性の選手はやり過ぎて、早くから体重を落ちちゃうとそれもよくない。残り500グラムになっても、まだまだ。200グラム水を飲んで、走って300g汗を出す。そうすれば、マイナス100グラム。それを積み重ねていく。

僕は試合前日、500グラムオーバーで寝て、朝起きたらリミットちょうど。それがベストの減量でした。ところが、朝起きて、体重計に乗ったらまだ100グラムオーバーなんてこともあって。そりゃあ、焦りますよ。すぐに着込んで、走りました」

世界選手権やオリンピックに出場するトップアスリートでも、減量に失敗して計量をパスできない選手がいる。それについて、大橋監督は次にように語った。

「“減量失敗”と言いますけど、計量をパスできないなんていうのは論外。体重が落ち過ぎたり、落ちたけど体が動かない。要は試合で闘えるコンディションではないというのが問題なんです。何度も言いますが、勝つための減量ですから。それができないなら、体重によるハンデを覚悟してナチュラルな体重に近い階級で勝負するしかありません」

次回は計量後のリカバリー、そしてレスリングの新ルールに伴い計量法についての話をお届けする。

取材・文/宮崎俊哉  撮影/佐久間一彦

大橋正教(おおはし・まさのり)
1964年12月7日、岐阜県出身。ALSOKレスリング部監督。現役時代はグレコローマンの選手として活躍し、1992年のバルセロナオリンピックに出場。同年のアジア選手権優勝、全日本選手権では3度(89年、91年、92年)優勝の実績を持つ。