人種によって筋肉は違うのか?【石井直方のVIVA筋肉! 第25回】




“筋肉博士”石井直方先生が、最新情報と経験に基づいて筋肉とトレーニングの素晴らしさを発信する連載。今回は筋肉の人種差に関する研究を紹介します。

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黒人スプリンターは遺伝的に速い?

東京2020が迫り、スポーツ界も年々盛り上がってきています。

私は1964年の東京大会で重量挙げやトレーニングに目覚めたのですが(とはいえ、まだ小学生でした)、生きているうちにもう一度オリンピックを日本で見ることができるとは思っていませんでした。

オリンピックはさまざまな国籍の選手が競い合うので、人種によって得意不得意があるのではないかといった議論が毎回出てきます。

しかし、じつは研究分野で人種による筋肉の違いなどをストレートに調べたデータはほとんどありません。従来、その種の話は人種による「優劣」という危険な発想につながる場合もあるので、あまり頻繁には出てこなかったという事情もあります。

ただ、最近注目度が高まっている筋肉の一つである「大腰筋」の太さに人種差があるという論文が、『ジャーナル・オブ・アナトミー』(Journal of Anatomy)という世界的に権威のある解剖学の学会誌に掲載されたことがあります。

それは「黒人は白人と比べ、大腰筋が3倍ほども太い」という内容でした。3倍というのは相当な差なので、にわかには信じがたいものがありますが、実際に若い人から中高年に至るまでの死体を解剖して確かめたのは事実のようです。そして論文は、それが統計的に黒人に腰痛が少ない要因ではないかと推察しています。

日本人など黄色人種についてのデータはありませんが、おそらく白人に近いか、それよりも少し細いのではないかと予想されます。

筋肉のタイプをおおまかに見ると、スピードが速くスタミナのない「速筋線維」と、スピードはないけれどもスタミナのある遅筋線維の2つに大別できます。その割合は人によって違いますが、やはり人種差を詳しく調べたデータはあまりありません。

そんな中、注目された研究の一つに、引退した黒人スプリンターの筋線維を調べたというものがあり、2年ほど前に公表されています。その選手の速筋線維の割合は、白人のスプリンターや一般人と比べ、とくに多いわけではなかったようです(速筋線維の割合は、多い人で60~70%と言われています)。

名前は公表されていないのですが、60mの室内ハードルの世界記録を何年間も保持したと書かれていますので、おそらくコリン・ジャクソンという選手のことだと思われます。

そもそも速筋線維はエネルギー効率が悪く、持久的な遅筋線維のほうが日常生活をする上では大切なので、どんなに速筋線維が多い人でも決して100%にはなりません。

ただ、速筋線維の中でも一番速い「タイプⅡx」(ヒトの場合はタイプIIxが最速ですが、ネズミなどの場合にはタイプIIbが最速です)という筋線維1本1本の最大スピードを測ってみると、前述のトップスプリンターの収縮スピードは、一般人の同じタイプの筋線維よりも速いことがわかりました。

速筋線維の量は変わらなくても、1本の筋線維が収縮するスピードが速いので、それが束になった筋肉全体のスピードも速いのだと考えられます。

つまり、成功しているスプリンターは筋線維タイプの割合が一般の人と違うというより、筋線維を構成するタンパク質(例えば、タイプIIx の筋線維の力学的性質に大きく影響する「IIx型ミオシン」)の微妙な違いが反映されている可能性もあるということになります。

そうなると、人種差というよりも、個人差のほうが大きいかもしれません。ましてトップレベルになると、平均値でモノを言うことはできません。

ただ、黒人スプリンターが活躍する機会が多い現状を見ると、ひょっとすると遺伝的にそのような筋肉を持っている人が多いという可能性も否定はできません。

石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部卒業。同大学大学院博士課程修了。東京大学・大学院教授。理学博士。東京大学スポーツ先端科学研究拠点長。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。ボディビルダーとしてミスター日本優勝(2度)、ミスターアジア優勝、世界選手権3位の実績を持ち、研究者としても数多くの書籍やテレビ出演で知られる「筋肉博士」。トレーニングの方法論はもちろん、健康、アンチエイジング、スポーツなどの分野でも、わかりやすい解説で長年にわたり活躍中。『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)、『一生太らない体のつくり方』(エクスナレッジ)など、世間をにぎわせた著作は多数。
石井直方研究室HP