西村佳奈美 史上最年少プロテニスプレーヤーから日本人初のグランドスラムに挑むママプレーヤーへ【前編】

西村(旧姓・辻)佳奈美は、幼い頃から父の英才教育を受けて国内外の大会で活躍し、日本史上最年少の14歳3カ月でプロテニスプレーヤーとなった。そんな将来を嘱望された彼女だったが、ある日突然、表舞台から姿を消してしまう……。それから時は流れ、2018年1月、一度はテニスから離れる決断を下した西村が再び動き始めた。しかも母となってコートに帰ってきたのだ。彼女がテニスを離れた理由、そして再び戻ってきた理由とは!?

父親のスパルタトレーニングでジュニア世界一に

よく晴れた気持ちのいい朝だった。取材場所に指定されたテニスコートを訪れると、練習相手の男子選手と激しいラリーを繰り広げる西村佳奈美の姿があった。そしてコートの脇にはベビーカーが置かれている。
汗を拭い、水分を摂る休憩の際に、ベンチに戻った西村は、愛息とスキンシップをとる。コートでボールを打っている時とは一転、その瞬間は母の顔となる。

「とにかく可愛くて仕方ないですね。この子が大きくなった時にテニスをやっている姿を見せたいなって思います」

そう言って、優しく微笑んだ。

西村がテニスを始めたのは4歳の時。3つ年上の兄がプレーする姿を見て、自分もテニスをやりたいと思ったことがきっかけだった。最初はテニススクールに通っていたものの、ほどなく退会。父親の指導のもと、テニスコートを借りて兄妹で練習をしていくことになった。

「お父さんはテニスの経験はなかったのですが、テニスがすごく好きで独学で勉強していたんです。私のことを才能があると思ったのか、いきなり英才教育が始まりました」

娘の才能をなんとか花開かせたいと願う父は、スパルタとも言える指導で徹底的に西村を鍛え上げていく。年上の兄と一緒に練習していたこともあって、彼女は日に日に力をつけていった。
小学4年生になる頃、さらなるレベルアップを求めて伊達公子や杉山愛を輩出した荏原SSCの練習にも参加するようになる。地元の大阪から夜行バスに乗って、約8時間かけて荏原SSCがある神奈川県の藤沢まで通うことになった。

「最初の時はお兄ちゃんも一緒だったんですけど、親からは『一人で行けるやろ』と言われて、一人で行くようになりました。大阪から夜行バスに乗って朝の5時くらいに着いて、まだ練習までに時間があるのでマックとかで時間を潰してから練習に行って。朝10時から夜の9時くらいまでが練習で、終わって一人でご飯を食べて、また一人で夜行バスに乗って大阪に帰る。朝大阪に着いてそのまま学校に行くみたいな感じでした」

スパルタの父のゲキが飛ぶ中での兄との練習。そして名門クラブへの出稽古。こうして西村は瞬く間に同世代のトップランナーへと駆け上がっていく。小学5年生の時に全国小学生大会で優勝を飾ると、12歳でチャレンジしたヨーロッパでの14歳以下の大会『Young stars association』で連戦連勝し、誰も成し得たことのない12歳という年齢で優勝を飾る。あのマリア・シャラポワが12歳の時は同大会で準優勝だったことを考えると、いかに彼女の力が抜きんでていたかがわかる。

「ジュニアの時はずっとお兄ちゃんがヒッティングで練習をしてくれていました。男子の球と女子の球は全然違いますから、女子の球は全然打ち返せるんです。だから大会でもずっと優勝しているような感じでした。あの頃は『敵なしだ』みたいに思っていました(笑)。そういう状態だったので、親も上のレベルで戦わせたいと考えていて、一つ上のカテゴリーで試合に出るようになりました。それでも準決勝くらいまでは勝ち上がっていましたね」

そして2010年、ジュニア(14歳以下)の世界一を決める大会『Les Petits As』にて、アジア人として史上初となる優勝を飾った。この大会は過去に男子ではマイケル・チャンやラファエル・ナダル、女子ではマルチナ・ヒンギスなど世界のトッププレーヤーが優勝者に名を連ねている、世界のトッププロへの登竜門とも言えるもの。事実、大会覇者の大半が後にグランドスラムを経験している。

この大会の優勝により名実ともにジュニア世界一となった西村は、同年史上最年少(14歳3カ月)でプロテニスプレーヤーとなる。すべてが順風満帆に見えたが、その歯車は少しずつ狂い始めていた。

「試合で勝つようになっていつかはプロになりたいとは思っていましたけど、中2では自分では早いと思っていました。本音はもう少し時間がほしかったのですが、テニスは海外での試合も多いので、親も資金的に結構厳しかったと思います。日本はプロにならないと企業からのお金が発生しない、スポンサー契約をできないということもあって、14歳でプロになることを決めました」

※中編は史上最年少プロとしての苦難の道

西村佳奈美(にしむら・かなみ)
1996年1月24日、大阪府出身。幼少時からテニスを始め、2010年にジュニア世界一を決める大会「Petits As」で優勝しアジア人初のJr.世界一になり、同年4月22日 史上最年少(14歳3ヶ月)にて日本テニス協会認定プロ選手となった。
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取材&文/佐久間一彦 撮影/山中順子