全体を見る周辺視野能力をアップ
プロボクサー、薬師寺保栄が世界王者になったのはさまざまなトレーニングの結果だが、なかでも動体視力、周辺視野能力アップをさせたビジョントレの効果は絶大だった。
では、いったいどのようなビジョントレをしていたのか。
薬師寺は「周辺視野の能力が高まったことで相手の全体の動きがわかるためパンチがわかった」と言っていた。ボクシングのような接近戦になると相手の頭のてっぺんから足のつま先までの広範囲を見ることは難しい。しかし、激しい接近戦でも相手の全体像が見えていれば、絶対的に有利だ。薬師寺はこれが見えた。
「サカディック・フィクセイター」や「アキュビジョン」という機械を使って眼と手の協調性トレーニングをしていくと周辺視野が広がり、眼に入れた情報の反応時間を短くしていくことができる。筆者は薬師寺のトレーニングを幾度も見ているが、この「アキビジョン」をいつもやっていた。
「アキュビジョン」とは縦1m横2m幅のボードで、アットランダムに120回ライトが点滅していくプログラムを持った機械だ。選手はそのボードの前に立って、点滅があったらモグラ叩きの要領ですばやく手でタッチしていく。慣れていくと徐々に点滅のスピードも上げていく。もう少し、高等なトレーニングになると足元を不安定にさせるフィッターに乗って、ストレスを感じさせながら点滅ライトをタッチしていく。このように条件を変えながら、眼に入った情報をすばやく手で反応させていくのだ。薬師寺はこのスコアが非常に高かった。
もちろん、周辺視野力は他のスポーツでも大いに力を発揮する。たとえばバレーボールの試合はセッターが試合の勝敗を決めるといわれる。セッターはボールに集中しながら側面にいるアタッカーにうまくトスをしなければならないからだ。アタッカーがどこにいるかを瞬時に見極めて(コートの一番端にいようが)正確にトスをするのだ。アタッカーはそのため側面の広い視野力を必要とする。
話を薬師寺のビジョントレに戻そう。
人間の得る情報の80%は眼から入ってくる。つまりその情報をもとにものを考え、手足を動かして行動しているといってもいい。とくにスポーツの場合は動いているわけだから、眼の働きは活発になる。薬師寺は「アキュビジョン」をやる以前に、さまざまなビジョントレを行っていた。体が柔軟であればケガをしにくいのと同じように、眼の働きを活発にさせるには調節機能が柔軟であったほうがいい。だから、広範囲な視界をとらえる周辺視野能力のほかにも多くの視力機能が大切になってくる。
たとえば、
(1)対象物を的確にとらえて追跡する眼球運動能力。これはアルファベット文字のシールをランダムに張り付けたソフトボールを天井からつるし、左右ゆっくりとスイングさせる。これを20㎝くらい離れたところからボール上のアルファベットの文字を目で追い、声を出して読んでいくというやり方。
(2)距離の違うものに対してすぐにピントをあわせる焦点調節能力も大切だ。これはアルファベットや数字の書いてあるチャートを片手で持ち、腕いっぱいに伸ばしてチャートの文字を読んでいく。読みながらゆっくりと両眼にチャートを近づけていく。近づいていと文字がぼやけてくるが、そこで止めたまま焦点を合わせることができるかを試すなどする鍛え方。そのほかに遠近感や立体感を判断する深視力トレなどもある。薬師寺はこれらの視力機能を鍛えて世界王者になっていったのだ(つづく)。
取材・文/安田拡了