セラピーによって眼の障害を矯正
薬師寺保栄が世界王者になったことで、筆者は彼と同じ名古屋在住のプロボクサー、飯田覚士にオプトメリストの内藤貴雄氏を紹介した。飯田もまた世界王者を目指していたからだ。内藤氏の下で真摯にビジョントレに取り組んだ飯田はみごと世界王者となり、現在はそのトレーニング効果を知らしめるために全国各地を講演行脚しているという。
プロボクシングの世界で絶大な成果を挙げたビジョントレだが、当然ながらスポーツ界に限らず、眼に障害を持つ多くの人がセラピーを受けている。
右眼で見たものが左脳へ伝えられ、左眼で見たものが右脳に伝えられることによって立体視覚を得るのがモノを見る仕組みだ。この回路にトラブルが生じれば、モノは正確に見えなくなる。
たとえば本を読む際に文字が重なって見えたりするだけで学習障碍児に認定されてしまうケースも少なくないそうだが、これなどはオプトメトリストのセラピーを受け、両眼と脳を再訓練すれば再生できるという。
アメリカでは子供たちの視力検査の際、両眼のチームワークが正常かどうかの検査も行っている。勉強ができない“落ちこぼれ”の中には眼に障害を持つ子どもも多く、その場合はオプトメトリストのセラピーを受けるのだ。
15歳のAさんは学校で落ち着きがなく、教科書をうまく読めないために授業から遅れていた。眼鏡を作って視力を調整したが改善されず、教科書も1行目と2行目の単語が上下に重なって見えていた。サッカーをやってもボールが二重に見え、うまく蹴ることができない。
先生方には「怠けている」と映ったようだが、検査の結果、両眼のチームワークに障害があることが判明。オプトメトリストの指導によって両眼のバランスが矯正され、ボールは一つに見えるようになった。
このようにビジョンセラピーが効果を挙げているアメリカではさらに研究が進み、10代の頃にセラピーを受けるのがベストであることが分かっている。視覚は学習して身についていく能力で、0歳~6歳までの間にさまざまな環境の中で完成されていくのだという。
もちろん、年を取ってからでも多少時間はかかるが、矯正は可能だ。
Bさんの場合、両眼の視力は1.5だが、子どもの頃から右眼の回路がトラブルを起こしていて正常でないことが43歳のときにわかった。モノが立体的に見えなかったのだという。
それからビジョンセラピーを受け、6年後の49歳になって正常化した。そのときBさんは「花がこれほど綺麗だったとは! 世界が変わった」と心底感動したそうだ。
アメリカをはじめとする先進国にはオプトメトリー制度があり、オプトメトリストによる発達障害児のケアやビジョンセラピーの取り組みが積極的に行われている。翻って日本では、眼の治療は眼科医の範ちゅうであるとして、残念ながら取り組みは進んでいない。たとえば斜視の子供を手術した眼科医が、その後のケアまでしているという話はあまり聞かないから、オプトメトリストの存在はより貴重なものだと思うのだが。
とはいえ、内藤氏のようにアメリカでオプトメトリストの資格を得た人なら安心だが、専門的な知識のないままビジョントレを指導する“なんちゃってセラピスト”も多いのが現状という。日本でもオプトメトリー制度が早期構築されることを、筆者は強く願っている。
取材・文/安田拡了