「業界を発展させるためにも、自分の知識を後世に伝えていきたい」
――鈴木選手は2004年にコンテストデビューされています。当時のことを覚えていますか。
鈴木 覚えてはいるのですが、当時は「ボディビルをやっている」という実感を抱けませんでした。無我夢中で、自分が何をやっているのか、よくわかりませんでした。自分のことだけで精一杯で、その他のことが頭に入ってこなかったです。
――のちに全日本選手権で7連覇を達成する鈴木選手にも、そういう時代があったのですね。
鈴木 精神的な余裕もなかったですね。もっと知識の幅があって、減量などを計画的に進められれば、余裕を持って取り組めたのかもしれません。一つひとつのポーズをしっかりとこなせるようになり、精神的な余裕も出てきて、周囲にも目を配ることができるようになったのは3年目、4年目くらいからです。そのあたりからですね、自分のことを客観的に見られるようになったのは。
「効く」トレーニングには必ず理由がある
――トレーニング方法は、どのようにして学んでいったのですか。
鈴木 私は「勉強しよう」と思うと、逆に頭に入ってこなくなるんです。だから、自分が行っているトレーニングの理由を一つひとつ探していきました。
――トレーニングの理由、ですか。
鈴木 なぜその種目が効くのか、また効かないのか。そこには必ず理由があるはずです。トレーニングをやっている人に「その種目は効いていますか?」と尋ねると、多くの人は「効いています」と答えます。そこで「こうやったほうがもっと効きますよ」とお伝えすると、「本当だ!」と。
――なぜ「効く」のか、そこには必ず理由があるということですね。
鈴木 トレーニングでは、よく「正しいフォーム」という言葉が使われます。ですが、「正しいフォームってなんですか?」と聞いて、ちゃんと答えられる人は少ないです。「筋肉に効くフォーム」と答える人もいますが、「効く」というのはあくまでその人の感覚であって、理論ではないんです。その「効く」理由を理解するには、解剖学的、力学などの知識が必要になってきます。自分がやっているトレーニングに対して、現状に満足することなく、もっと効かせられる方法がないかと探求していくことが大事だと思っています。また、大会前に減量に取り組んでいると、一つひとつの感覚が鋭くなっていくです。その研ぎ澄まされた期間を、私はとても重要視しています。全日本選手権(10月)が終わってから、世界選手権を迎えるまで(11月)までの1カ月間ですね。その期間には、体づくりについて新しい発見に出会えることが多いです。
――鈴木選手のようにトレーニングをやり込んでいる方でも、新しい発見というものがあるのですか。
鈴木 トレーニングや食べたものに対して体が反応しやすい期間なので、いろんな発見ができますね。その発見は感覚的なものなのですが、理由を探っていくことで、その理論が見えてきます。トレーニングのおもしろいところは、そこに理論や理屈はあるのですが、理論的に行っても、筋肉がつかなければ、その理論は間違っているのではないかということです。「筋肉がつく」という結果を出さないと、その理論は正解にはならない。自分が行っているトレーニングに対しては、責任を持って結果を出していかないといけないという気持ちはあります。
――ボディビル雑誌やセミナーなどで、ご自身のトレーニング方法を解説されることもあります。
鈴木 そうやって発信している内容には、責任を負わなければいけません。しっかりと実践して、その結果を示していく必要があります。結果が出なければ、それは机上の空論になってしまいます。そういったプレッシャーはありますね。
――筋肉を競うボディビルですが、非常な繊細の競技のように思えてきました。
鈴木 ボディビルは日々の積み重ねが大事な競技です。ボディビルダーには生真面目な方が多いように思いますね。
業界を背負う存在として
――近年はトレーニング、ボディビルがテレビや雑誌などのメディアに取り上げられる機会も増えてきました。
鈴木 メディアに取り上げらえる機会が増えたのはオードリーの春日俊彰さんの活躍もあると思います。もう一つ、大きな理由としてはSNSの普及です。以前と比べると、体づくりに取り組まれている方がかなり増えてきたように思えます。今は街を歩いていても、トレーニングをやっているんだろうなと思える方が増えてきました。これは一昨年くらいまではなかったことです。
――その業界を背負うチャンピオンとしての責任感もあるかとは思います。
鈴木 トレーニングを行う人が増え、SNSも普及して、トレーニングというものがいろんなところで、いろんな人たちの目に触れるようになりました。私も「見られている」という意識を持つようにしています。トレーニングが普及すると、確かにいい面もあるんですが、いろんな情報が躍りすぎるというマイナスの面もあります。ネットなどでトレーニングの情報を得ている方たちは、「このトレーニングがいい」と紹介されている情報に対して、なぜいいのか、その理由を考えていただきたいです。
――確かに、ネットにはトレーニングに関するさまざまな情報が溢れかえっています。
鈴木 私もたまに見るのですが、危ない種目や、効率的とはいえない種目が紹介されていることも多いです。そういった種目を見て、「ただマネをするだけ」というのは、よくないと思います。安易にマネするのは危険です。なかには誤情報もあります。その種目がなぜ効くのか、その理由を知ることで、よりトレーニングがおもしろくなると思います。
――そういった部分で警鐘を鳴らすのも王者としての責務ですか。
鈴木 自分の知識を後世に伝えていくこともトップ選手の役割だと思っています。自分だけの秘密にしてしまう人もいますが、それは次の世代の人たちを育てることにはつながらないと思います。ボディビルは個人競技なので、自分の知識やテクニックは自分だけのものにしようとする傾向があります。ですが、私は業界を発展させることを優先して考えていくべきだと思っています。そういったことを今までやってこなかったので、ボディルダーの知識は闇に潜んだままになっていました。ボディビルを狭い世界にしないためにも、自分の知識を開示していくことは大事だと思っています。
(つづく)
1980年12月4日、福島県出身。身長167㎝、体重80~83kg。2004年にボディビルコンテストに初出場。翌05年、デビュー2年目にして「日本でもっともレベルの高いブロック大会」といわれる東京選手権大会で優勝。10年からは全日本選手権で優勝を重ね、16年に7連覇を達成。同年にはアーノルドクラシック・アマチュア選手権80kg級、世界選手権80kg級と二つの世界大会でも優勝を果たした。