中学生を育てる「イチローの恋人」(前編)【宝塚ボーイズ・奥村幸治監督】




技術は無理でも、中学生でもプロの意識を持てる

間もなく海を渡るであろう大谷翔平を見ていると技術の高さはもちろん、何より感心させられるのは、野球に取り組む姿勢であり意識の高さだ。同時に、その姿勢や意識は大谷が“怪物”となるもっと以前、野球少年の頃に身につけたものなのだろうとも想像する。それがあったからこその今である。

「もちろん、子供の時期に、体力をつけたり、基本の技術を身につけておくことも大切です。ただ、そこで指導する側が忘れてはいけないのが野球に対する考え方や、成長するための意識の大切さを伝えてあげること。頭の中に何を持っているか。ここによってその選手の先々の成長に大きく影響します」

こう力を込めるのは兵庫県の硬式クラブチーム・宝塚ボーイズで中学球児を指導する奥村幸治監督だ。

ユニフォーム姿でグラウンドに立つ奥村監督

「同じ時間、同じ練習をしても、何を考えてやっているのか、によって成果は大きく変わります。素振り一つでも自分が振りやすいからと好きなコースばかりにバットを出している選手と、苦手なコースやバットの軌道をイメージして振っている選手。この差は1カ月、半年、1年と時間を重ねれば重ねるだけ大きな差になります

さらに……

考えながら一つ一つの練習をするから、今の課題も見えてきますし、課題に対する習熟度も自分でわかる。そこがわかれば、じゃあ、次に何をすればいいかという発想も生まれてくる。大きな成長をする選手というのはこうしたサイクルを持っています」

選手のことを常に意識している

奥村監督は現役時代、プロ野球選手を目指し、高校卒業後は毎年のようにプロテストを受けた。最終選考には何度も残るも夢の実現には至らなかったが、その中でオリックスからバッティング投手として採用された時期があった。そこで出会ったのがブレイク前の鈴木一朗だった。イチローが前人未到の210安打を放ち世に出た時にも奥村監督はイチローの打撃投手として、その活躍を支えた。イチローとの関わりの中で何より驚かされたのが、やはり意識の高さだったという。

「納得できないスイングでもヒットは出るし、三振しても納得のスイングがある」

結果にこだわる選手が大半のプロの世界で、まして20歳前後の若手選手が涼しい顔でこういったセリフを何度も口にした。常に理想のバッティングを追い求め、頭にはいくつものWHYとHOWを持っていたのだ。

イチローは試合前のフリーバッティングでも大半の選手が打ちやすいハーフスピードのボールを求める中、実戦に近い勢いのあるボールをリクエストした。また、打ち返す打球方向はレフトから始まり、センター、ライトと順番もきっちり。そしてナイターが終わった瞬間には翌日の試合に備えての準備をスタートさせる……。生活のすべてが3時間前後の試合に向けたルーティーンだった。

投手だった現役時代、奥村の身長は170cmと高くなかった。そのため、考える野球に目覚めるのが早かった。奥村にとって、イチローとの出会いは、改めて意識の大切さを確認させてくれるものだった。だから子供たちにその大切さを伝え続ける。

バッティングピッチャー時代の奥村監督(右)とイチロー(左)

「イチロー選手の意識も決して1日で作られたものではありません。子供の頃から、どうすればもっとレベルアップできるのか、プロ野球選手になれるのか、と考え続け、作り上げられたもの。一生懸命練習することも、しっかり時間をかけて練習することも大切です。でも、その中でもう一歩先の意識を持ち、中身のある練習をすること。この積み重ねが先々の大きな成長につながるのです

能力の差は簡単に埋まるものではない。年齢も体格も違えばなおのことだ。ただ、意識の差はその気になればその瞬間から詰めていくことができる。

「中学生がプロの技術を身につけることはできないけど、中学生でもプロの意識を持つことはできる」

奥村監督が選手たちによく口にする言葉には成長の大きなヒントが詰まっている。

文/谷上史朗