『脳の中の身体地図~ボディ・マップのおかげでたいていのことがうまくいくわけ~』
(サンドラ+マシュー・ブレイクスリー著:インターシフト)
脳には「身体の地図」がある。
脳のあちこちを電気刺激する実験をすると、脳の機能がまるで地図のように場所によって分業をしていることがわかる。例えば、脳のある部位を刺激すると意図しないのに親指がピッと動いてしまう。
しかし、別の場所を刺激しても親指は動かない。足、口、目…それぞれが脳の特定の場所と対応していて、その領域の割合も違う。手と唇の領域が飛び抜けて大きく、ここからの感覚情報が人間にとって重要だと分かるのだ。
『脳の中の身体地図~ボディ・マップのおかげでたいていのことがうまくいくわけ~』では様々な脳の科学的研究結果が面白く紹介されている。脳の研究、と聞くと難しそうなイメージだが、「ダイエット」「スポーツ」「あくびは何故うつるか」「痛みが気分次第で変わる理由」など、身近な疑問や習慣を扱って、脳の身体地図が与えている大きな影響について書かれている。
例えば幽体(体外)離脱という現象はほんとうにあるのか?一般的にはオカルト的現象として存在自体が否定されるが、脳と体が一時的に同期しなくなると、このような現象が起きる場合があるという。脳に電気的刺激を与える実験でそれが確かめられている。
また、ダイエットに成功しているのに、太っていた時のイメージが抜けずに、痩せた気がしないという人がいる。パーソナル・トレーナーたちは、外見的特徴でそれがわかるらしい。そうした人々は、巻き込み肩(猫背により肩が鎖骨より、前に出ている状態)や頭部の前傾、軽いO脚など、肥満者にありがちな特徴を依然として引きずっているのが見て取れるそうだ。つまり、ボディ・マップが描き換えられていないのだ。
人間は効率よく動くためにも、この地図を利用している。
そのひとつがイメージ・トレーニングだ。たとえばピアノの鍵盤を五本の指で叩くように、1日2時間イメージする。すると実際に運動しているのとほぼ同じ脳領域が活性化して、身体地図が描き換えられる。
運動イメージ法を5日間続けた場合、実際に身体を動かして練習した時の3日分に相当するという。さらに、運動イメージ法5日間に実際に身体を動かす練習1日を組み合わせたところ、フィジカルな練習の5日分に匹敵する効果が見られた。脳の運動皮質という部分にとっては、実際に行った運動もイメージした運動もほとんど変わりがないと認識されているのだ。
スポーツを上達させたいと思ったら、この運動イメージを利用しない手はない。ただし、動作している姿をしっかりイメージすることでしかボディ・マップは変わらない。様々なメンタルトレーニング、たとえばリラクゼーション、催眠療法、祈りなどでは変化がない。
「ミラーニューロン」という脳神経細胞もスポーツの上達に大きな関係がありそうだ。他人が行動するのを見ているときでも、自分が行動しているときと同様に活性化する細胞で、鏡のように再現することから、ミラーニューロンと呼ばれている。
たとえばスポーツ番組に夢中で見入ってしまい、気づくと選手と同じ動きをしていたという経験がないだろうか?人間には無意識に動作を真似る性質があって、真似することで動作の意図や意味が深く理解できるとされる。
だから「見ること」はとても大切なトレーニングだ。やみくもに動くのではなく、見て、動いて、見て、という経験を何度も繰り返すことでミラーニューロンは活性化し、ボディ・マップがクリアに描かれる、と言えるかもしれない。そういえば日本の武道や芸道では、レベルの高い人の動作を見て技を盗む「見取り稽古」の重要性が強調されている。
幅広いトピックスを扱っているので、「完読」にこだわらず、興味あるところから読んでもいいだろう。脳と体と心、そのつながりを知りたい人にオススメの一冊だ。
文/押切伸一