琵琶職人とパーソナルトレーナーと編集者。人間にしかできないこと【佐久間編集長コラム「週刊VITUP!」第13回】




VITUP!読者の皆様、こんにちは。日曜日のひととき、いかがお過ごしでしょうか? 私は、時間をかけて制作した書籍が発売となり、ちょっとハッピーな日曜日を迎えています。時間をかければいいというわけではありませんが、悩んで考えてつくり上げるものは最高です。

さて、少し前に琵琶職人で人間国宝の石田不識さんの取材をさせていただく機会がありました。一つの琵琶をつくり上げるのには、どれくらいの時間がかかると思いますか? 我々のつくる書籍は長くても1~2年くらい(中には取材を数年にわたって行なうものもありますが)なのに対して、琵琶は10年以上もかかります。

まず材料となるケヤキやクワは御蔵島から丸太で仕入れます。この収穫は毎年ではなく2~3年に一度。そして収穫した木を乾燥させるために気の遠くなるような長い年月を要します。木を保管する倉庫で、琵琶の表側に使う木は3~4年、厚みが必要となる裏側に使う木になると、少なくとも10年は寝かます。つまり、仕入れた木が琵琶の素材になるまでに最低10年かかるわけです。

楽器屋で大量生産されている琵琶の場合は、人工乾燥機を使って短時間で乾かすため、そこまで時間はかかりませんが、自然乾燥と人工乾燥では、木から出る音の響きが違います。職人は本物にこだわるからこそ、時間を惜しまないのです。

木が乾燥してからの制作も一つひとつが手作業です。機械で形だけをつくるなら簡単。しかし、石田さんは購入者が男性なのか女性なのか、声が高いのか低いのか、持ち主にとって最適な音を探し続けながら制作をします。どんなに精巧な機械でもこれは決してマネできないことでしょう。そうやってつくられた琵琶は低価格なものでも30万円、高いものになると数百万円になります。値段だけを聞くと高いと感じるかもしれませんが、そこにかけられた愛情と労力や時間、出来上がった琵琶の質を考えると、決して高いものではないと思います。

人間だからこそできる仕事がある一方で、数年前からAI(人工知能)の発達により、何年か先には多くの仕事で人の手が必要なくなると言われています。たとえば我々が面倒に感じているインタビューおこしも、機械の手にかかれば正確であっという間でしょうし、必要な情報を入れれば過不足ない原稿を仕上げてくれるのでしょう。「AIに任せるからあんたクビね」なんて言われたらたまったものではありません。

AIの波はトレーニング業界にも確実に迫っています。世界最大規模のフィットネスショー『FIBO』では、毎年最先端のトレーニング器具などが展示されます。実際に会場を訪れた岡部友さんによると、AIがパーソナルトレーナーの代わりをしてしまうような器具が多数並んでいたと言います。フォームのチェックやバランスのチェック、その人に必要なトレーニングメニューのリスト化……。機械の言うとおりにやれば効果的なトレーニングが可能になるというわけです。だとしたら、パーソナルトレーナーの存在意義は……。岡部さんは、「AIの時代になって終わるようなトレーナーではいけない」と言いました。

マニュアルに沿って教科書通りの指導をするだけなら、AIで十分。琵琶職人の石田さんが、手にとる人間にとって唯一無二の最適な音をつくることにこだわるように、パーソナルトレーナーも、クライアント一人ひとりの内的なこと外的なことを深く知り、最適なトレーニングやモチベーションを提供していくことが、より不可欠になっていくのでしょう。

人間は間違えるし、疲れるし、不満も言います。だったら何も言わずに働いてくれる機械のほうがいい……と思うこともあるかもしれません。でもちょっと待ってください。間違えるからわかることってありませんか? 不満を言うから見えてくるものってありませんか? 人間だからこそできる指導をしていく。人間にしかできないことにこだわっていく。これはどんな仕事でも同じだと思います。琵琶職人も、パーソナルトレーナーも、編集者も、これからの時代の仕事は「人間にしかできないこと」がカギだと思います。

佐久間一彦(さくま・かずひこ)
1975年8月27日、神奈川県出身。学生時代はレスリング選手として活躍し、全日本大学選手権準優勝などの実績を残す。青山学院大学卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。2007年~2010年まで「週刊プロレス」の編集長を務める。2010年にライトハウスに入社。スポーツジャーナリストとして数多くのプロスポーツ選手、オリンピアンの取材を手がける。