【鉄人アスリート】ボート・武田大作③




スポーツ界の鉄人を紹介していくこのコーナー。ボート界の鉄人・武田大作選手のインタビューも3回目。今回はオリンピックに5度出場しても衰えない競技者としてのモチベーションについて。武田選手は「今日と明日は違う自分でありたい」と、常に変化を求めて続けている。そこには最高峰の舞台で長年闘ってきた人間にしかわからない世界があった。

オリンピックで満足できなかった
だから今も競技を続けている

――武田選手はオリンピックに5大会連続で出場しています。普通は1回出るだけでも大変なことで、そこで満足してもおかしくはありません。結果を残しながらも競技を継続していけるモチベーションというのは、どこにあるのでしょうか?

武田:うーん……何て言ったらいいのかな。すごく単純に言うと、もっとうまくなりたいんですよ。この気持ちはずっと変わっていません。競技をやっている以上は、もっと速くなりたいからやっている。その結果として、オリンピックに行くことができたというだけなんです。

――オリンピックありきで競技をしているわけではない?

武田:もちろん、オリンピックを意識するところはあります。僕のなかにはそれとは別の面があるんです。僕は一個人としてやっているので孤独なんです。高校時代から練習を強制的にやらされることはなくて、基本的に全部自分で選択してきたんです。オリンピックに行きたいなら、オリンピックに行くための努力をするだけなので。でもそれはすべてうまくなりたい、速くなりたい、楽しみたいという、そこが一番大きいです。こうして年齢を重ねてきて、逆に悲しいのは、オリンピックで満足しなかったということですね。

――最高峰の舞台で満足感を得られなかった?

武田:どれも不満足で終わってしまったから、5回も行っただけなんです。

――まだ自分の中で完全燃焼にたどり着けていない。

武田:そうです。だから1回出れば満足しますという人は、素晴らしいんです。僕はそれができなかった。だから何とかして自分に納得したいと思って、もっとうまくなった自分に会いたくて、競技を続けてきたんです。それで4年間頑張ったけど、まだまだオレはヘタだなと思って。決勝に残ってゴールをしても、ダメだなと思ってしまったんです。

――シドニー、アテネでは決勝進出をして、あと一歩でメダルというところまでいきました。

武田:そういうときもありましたし、世界選手権で勝ったとき(2000年クロアチア世界選手権にて軽量級クォドルプルで長谷等、三本和明、久保武大とともに優勝)も、もう少しこうできたな……とか、自分のなかで納得できないことがありました。何かしらの悔いが残った状態で競技を辞めることはできないなって。

――悔いがある、課題が見えるから、もっと上に行けると思うのですね。

武田:自分では不満足なので、次にもう1回トライしたい、もっとうまくなりたいと思って継続しているうちに、気づいたら5回もオリンピックに行っていたんです。だから1回の挑戦で満足できたという人が羨ましいです。もしも1回目で金メダルを獲っていたら、満足してそこで競技を辞めていたかもしれない。ところがそれができなかったから、こうして競技を続けているんです。だからいつ満足できるのかと考えると怖いです。本当に満足できるのか? そこに到達できないのが怖いなと思います。

――すごい境地の話ですね。オリンピックに5回も出た人だからこそ言えることだと思います。

武田:変なだけですよ(笑)。ちょっとネジが狂ってないとダメというか、常識だけでは生きていけない世界ですから。でも、「変」というのはいいことなんです。「変」なのは変わるということなので。みんな留まっていたくはないと思うんですよね。だから僕は今日の自分には会わないようにしたいなと思うんです。今日は今日の自分であって、明日は明日の自分なんです。今日の武田大作と明日は違う武田大作でありたい。変わっていくということ、楽しむことが大事だと思いますね。

――変わることを恐れていたら、新しい自分にはなれません。スポーツに限らずだと思いますけど、変わるのは怖いことではないというのを武田選手のようなスポーツ選手に発信してほしいですね。

武田:変わることと、目安のもう一つは美しいかどうかじゃないですか。

――美しさとは?

武田:うまい選手や速い選手というのは、動作が単純でありキレイなんです。たとえばボールを投げるにしても打つにしてもキレイだなと思う人はシンプルなんですよ。僕らのボートの場合でも、扱いや動きがシンプルですごく美しく見えるほうがいい。あとは道具そのものがキレイであることも大事です。道具を使うスポーツは何でも、道具が汚い選手は一流にはなれないと思っています。

――道具の手入れはとても大事だと言いますね。

武田:僕は芸術とかも好きなので東京に来たときは美術館に行くようにしています。なんでも一流のものを見るようにしたいんです。いいものを見て、自分の発想が少しでも広がるようにしたい。ボートやオールを作っているところも見に行きました。自分で扱う道具である以上、知っておいたほうがいいですから。僕らの場合、道具は扱うというのではなくて、馴染むという感じなんです。

――馴染むというのは一体になるということですか?

武田:自分が道具を使うのでもなければ、道具が僕を使うわけでもない。お互いに歩み寄って馴染む、調和するという感じです。道具は人間のような心はないかもしれないですけど、僕はいつも道具に感謝しています。レースのときは道具に「一緒に勝つぞ」「よろしくね」って思うようにしています。一緒に闘うわけですから。そういう気持ちがないと一体になれない。もう一つ、ボート競技である以上、僕は絶対に主人にはならないようにしようと思っています。僕はあくまでもエンジンであり、操作する人。主体はあくまでもボートですから。主従関係で言ったら競技者は従ですから。ボートが一早くゴールにたどり着けるように力を発揮するだけです。

★次回は東京2020オリンピックへの思い!

取材/佐久間一彦 撮影/須﨑竜太

武田大作(たけだ・だいさく)
1973年12月5日、愛媛県出身。DCMダイキ所属。1997年全日本選手権での男子シングルスカル優勝以後、同種目では2009年まで7年連続優勝を含む14回優勝の史上最多優勝記録を持つ(2004年及び2005年は海外遠征のため欠場)。96年アトランタ、00年シドニー、04年アテネ、08年北京、12年ロンドンと5大会連続で五輪出場。2020年東京大会で6度目の五輪出場を目指す。