「スポーツが嫌いな人の気持ちがわからない」(木下)
「僕はスポーツができる人たちが不思議でした」(髙田)
髙田:木下先生は東京大学の大学院でテコンドーなど格闘技のバイオメカニクスを研究されているということで。すごいですね。
木下:たまたまポジションが空いて「やります」と言っただけなんですけどね。
髙田:お若いですよね。おいくつですか?
木下:28歳です。
髙田:28歳と言えば、僕が初めてパーソナルトレーニングを受けた歳なので、僕の中で勝手に特別感があります(笑)。25歳でトレーニングを始めたんですけど、3年間自分でトレーニングをして行き詰まり、パーソナルトレーニング指導を受けました。
木下:その3年間はいろいろなところで情報を集めたんですか。
髙田:当時はまだそんなに詳しく教えてくれるジムがなかったんです。パーソナルトレーナーもそんなにいなかった時代ですし。ジムの先輩から習ったり、本で勉強しながらやっていました。でも、栄養を摂る適切なタイミングとか、何を摂ればいいかとかはわからないじゃないですか。3年くらいひとりでやっていた時にパーソナルトレーナーの先生が出だしたので、習ってみようと思ったんです。
木下:私はトレーニングの分野ではないんですけど、我々はスポーツ科学が専門なんですね。大学で他の先生が話している内容と、ジムにいる体格のいいおじさんの話の内容がだいたい同じだったりするんです。むしろ、そのおじさんたちのほうが知っていたり。博士号っていったい何だろうと(笑)。
髙田:たしかに資格のための勉強をした人よりも、実際に経験を積んだ先輩たちのアドバイスのほうが活きるケースもありますね。でも、やっぱりベースはしっかりした勉強があってこそですよね。
木下:自分は授業で専門じゃないことばかり教えているんです。卓球とかバドミントンとか。学生よりも弱いとなめられてしまうと思ったので、陰でこっそり練習しました。トレーニングの授業でも、先生はこれくらい挙げられますと見本を見せなければいけないので。
髙田:重さに関しては難しいところがありますよね。指導させていただくクライアント様が使用重量でトレーナーを追い越すことってあるのですが、そこまでの道のりを教えたのはトレーナーなので、そこから先もついてきてくれますしその先の教え方もあるんですけど、なるべくその人たちより強い自分というか、説得力を持たなければという気持ちはあります。トレーナーとしてはうれしいことなんですけどね。
木下:うちはトレーニングの授業の時、体育館で50人くらいを一斉に見なければいけないんです。かといって機器が揃っているわけでもないので、自重がメインのトレーニングになるんですけど。バスケとかソフトボールとかのチームスポーツに比べると、トレーニングの授業を選ぶ学生ってそんなに運動したくない子が多いんです。トレーニングはひとりで適当にやっていればやり過ごせる部分もあるじゃないですか。週に何回運動していますか? トレーニングしたことありますか?と質問しても、50人中ひとりかふたり手を挙げればいいほうですね。
髙田:でも、先生から見ても実践的なことはやっておいたほうがいいですよね?
木下:そうですね。社会に出たらいくら頭が良くても体が弱かったらダメですし。
髙田:その辺のことは、学生さんはまだ実感がないかもしれないですね。
木下:自分はずっとスポーツが好きなので、嫌いな人の気持ちが全然わからないんです。
髙田:トレーナーって木下先生のようにスポーツが好きで、小さい時からスポーツエリートだった方が多いんです。僕は逆だったので、いまだにそういう方々と波長が合うんですよね。昔は劣等感を持っていたんですけど、今となってはよかったのかなと感じています。ずっとスポーツが好きだった方がその人たちの気持ちを理解するのは、なかなか難しいかもしれないですね。
木下:少数であればその人たちに合わせてカスタマイズできるんですけど、50人もいたら少し自重の強度を変えるくらいの指導しかできなくて。それでも興味がある生徒ならいいんですけど、そもそも興味がないんです。
髙田:何で興味がないんですかね。
木下:聞いてみると、体育の授業でいい思いをしたことがない生徒が多いみたいです。通知表が全部5なのに体育だけは2でした、とか。トレーニングの授業を選択するような生徒はそういうケースが多いですね。
髙田:ちょっと話が逸れてしまうんですけど、子どもの頃からずっとスポーツができていた人たちから見て、まったくできない人ってどう思われます?
木下:何でできないの?って。たとえば、バク転をやってと言われてできないというのはわかるんですけど、走るとかジャンプするとか投げるとか、基本的な動きができないんです。両足でジャンプしてと言うと、足がバラバラで跳ぶんですよ。
髙田:それを説明するのは難しいですよね。
木下:両足跳びなんて無意識じゃないですか。何で左足がついてこないかがまったくわからなくて。
髙田:僕は真逆で本当にスポーツができなかったので、できる人たちが不思議でしょうがなかったんです。逆上がりもみんな簡単にできてしまうし、跳び箱も遊びみたいにできてすごく楽しそうでしたし。体育の時間に友だちがからかったりしてくるわけですよ。そうすると、逆に優しくしてくれる人がいたりするんですよね。「髙田だってがんばってるんだから、そういうこと言うのやめなよ」とか言われると、余計みじめな気持ちになったりして。大人になって何となくわかったんですけど、体の動かし方のメカニズムが頭の中でまったくわかっていなかったと思います。ウエイトトレーニングを始めて、やっと体の使い方がわかるようになりました。挙げるだけなので単純と言えば単純なんですけど、子どもの頃はそれもわかっていなかったので、よく転ぶし真っすぐ立っていられないし平均台も歩けないし。子どもが危険を回避するためにも、体の使い方を教えることはすごく大切だと思います。クライアント様の中にも、基本的な立ち方とかしゃがみ方とか、その段階からできない方もいらっしゃいます。
木下:私はスクワットを教えるのが難しいですね。股関節や骨盤の動かし方が。
髙田:腰から曲がってしまうんですよね。自分もトレーナーの先生に習うまでは見よう見まねで3年間ウエイトをやっていたんですけど、まず背中に効いたことなんてなかったです。でも、効かせたいところにしっかり効かせられて、初めてウエイトトレーニングじゃないですか。腕が関与するものは全部腕の力が入っているように思えてしまうし、日常でまず胸を使うこともないと。誰でもわかるようなところから教えていって、筋肉が動くというのはこういうことなんですよと説明をして歩み寄っているつもりなんですけど、それでもなかなか伝わらないこともあります。
木下:うちは体育の授業が週1回なので、13回で終わってしまうんですよ。そのうち講義が4回くらい入るので、実質8~9回くらいしかトレーニングの授業がなくて。
髙田:ウエイトは奥が深いですから、その回数ではなかなか伝わらないですね。
木下:そうなんですよ。やっていけばいくほどおもしろいのに。でも、ちょっとうれしかったのは、ヒョロヒョロの男子生徒がいたんですけど、最初は授業の後の1週間が憂うつになるくらい筋肉痛だったらしいんです。それがどんどん回を重ねるごとに和らいできて、最後は感じなくなったと。腕立て伏せも最初は3回くらいしかできなかったのが、10回以上できるようになったと喜んでいました。
髙田:なかなかそこに行きつくまでが難しいですよね。今の時代って昔よりは若者も少し健康に気を遣う世の中に変わってきている気はするんですよね。高齢化社会の中で、自分の身近にも高齢者を見てきたりとか。そうすると、自分がどう生きれば将来介護を受けなくていいかとか、自分の力で動けるかとか、そういうことは昔より意識する時代になっているのかなとは思うんですけどね。情報としては簡単に入手できるけど、それを自分のこととして考えるようになるまでにはなかなか至らないのかもしれません。
木下:たぶん勉強も同じで、私はできない問題が解けたら楽しかったので、パズルだと思って勉強していたんです。勉強に関してはたぶん彼らもそうだと思うんですよ。運動もできるようになったら楽しい、持ち上げられる量が増えたらうれしいとか、そういうことが分かれば自分で勝手にやってくれると思うんですけどね。どうしても勉強と運動は別に考えてしまうみたいで。
取材&構成&撮影・編集部
1970年、東京都出身。新宿御苑のパーソナルトレーニングジム「TREGIS(トレジス)」代表。華奢な体を改善するため、1995年よりウエイトトレーニングを開始。2003年からはパーソナルトレーナーとしての活動をスタートさせ、同時にボディビル大会にも出場。3度の優勝を果たす。09年以降はパーソナルトレーナーとしての活動に専念し、11年に「TREGIS」を設立。自らのカラダを磨き上げてきた経験とノウハウを活かし、これまでに多数のタレントやモデル、ダンサー、医師、薬剤師、格闘家、エアロインストラクター、会社経営者など1000名超を指導。その確かな指導法は雑誌やテレビなどのメディアにも取り上げられる。
TREGIS 公式HP
佐賀県出身。筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(学術)。2017 年より東京大学大学院総合文化研究科助教に着任。全日本テコンドー協会ではパラテコンドー委員会の委員として、主にパラテコンドーの普及、組織運営に従事。研究の専門は格闘技のバイオメカニクス。現在は、大学教員としてパラテコンドーの研究を進める傍ら、パラテコンドーの東京パラリンピック開催に向けた渉外活動に励んでいる。