気持ちは時に身体をも超越する? 【髙田一也のマッスルラウンジ 第52回】木下まどかさん③




大好評「マッスルラウンジ」。今回はコーナー初の女性ゲストとして、東京大学大学院助教の木下まどかさんが登場。格闘技のバイオメカニクスの研究に従事する傍ら、テコンドー選手として活躍した経験を活かし、パラテコンドー委員会の委員も務める木下さん。3回目は、時に身体をも超越する気持ちについて、パラアスリートのエピソードも交えて語り合いました。

「研究をどう利用するかは自分の気持ちひとつ」(髙田)
「何であの時、あんなに練習できていたんだろう」(木下)

髙田:テコンドーはいつから始めたんですか。

木下:大学からですね。当時は今より競技人口も少なかったですし、そこまで強い選手がたくさんいたわけではなかったので、大学3年生の時に全日本選手権で2位までいったんです。1位だった選手はロンドンオリンピックに出場したので、自分もオリンピックを狙えるんじゃないかと大学3年生の時に勘違いしたんですね。テコンドーの研究をすればもっと勝てるんじゃないかと思って、筑波大学の大学院に進学して今の分野の研究を始めました。でも、逆に練習時間が減ってどんどん競技成績が下がっていって、結局オリンピックには届かなかったんですけど。

髙田:そこで同時に練習もやっていればすごかったんじゃないですか?

木下:どうですかね。大学は大阪だったんですけど、場所はないけど人はいたんです。いろいろなところに出稽古に行けば、全日本のトップの男子選手たちと闘える環境があって。筑波は逆で、場所はあるけど練習相手がいなかったんです。ひとりで走ったりするんですけど、格闘技なので対人の練習をしていないとどんどん距離感とかがわからなくなるんですよね。それで毎週末だけ東京に出て練習していたんですけど、女子がたくさんいたんです。大阪にいる時は男子とばかり練習していたので、女子の蹴りは速くなかったし怖くなかったし痛くなかったんです。でも、女子がたくさんいる環境に慣れてしまうと女子の蹴りなのに見えない、みたいな。だから環境がすべてだと自分は思うんですけどね。

髙田:でも、その環境をつくるのも自分ですよね。

木下:筑波に行って研究すればオリンピックに出られるかもと思ってその道に進みましたけど、もしあの時大阪に残って練習するという選択をしていたら、もしかしたらワンチャンスあったのかなと思うことは今でもあります。でも、今は今で毎日楽しいのでこれでよかったのかなとも思いますし。陸上とか水泳とか野球とかそういう分野の研究は多いんですけど、格闘技のバイオメカニクスを研究している人はほとんどいないので、大したことはしていないですけどどんどん業績が上がって、博士号も取れたし就職もできて。テコンドーのおかげで人生が変わったと思います。東京2020から新しい種目に加わるパラリンピックのテコンドーに立ち上げから関わらせていただいて、今はコーチをやらせてもらっています。本当は選手としてオリンピックに出たかったので、悔しい気持ちもあったんですけどね。

髙田:研究って本当にすごいと思うんですよ。栄養素が体にどう関わってくるかとかも解明してくださっていて、僕たちはそれを情報として知ることができる。ただ、それをどう利用するかは自分の気持ちひとつかなと思うんです。たとえば僕がもしまたボディビルの大会を目指すとしたら、そこまで自分の気持ちを引き上げられるかどうかだと思うんですよ。マインドコントロールって自然とできる時期があったりするんですよね。

木下:何であの時、あんなに練習できていたんだろうと思いますね。大学生の時は朝練習して昼走って夕方も練習、夜は道場に行って。一日10時間くらい練習していましたから。

髙田:そういう時って何でもできるじゃないですか。でも、あれは説明がつかない気持ちの部分ですよね。

木下:そうなんですよ。今、同じ練習をやれと言われたらできないですね。

髙田:そういうことを何回か経験して、それを思い出してまた別のことをつくり出していくのが人生なのかなと思っています。クライアント様の中には経営者の方やお医者様も多いんですけど、そんな人生経験豊富な方々が、みなさんウエイトは大切だとおっしゃるんですよね。少し前に股関節の人工関節の手術をしたばかりの方がいらっしゃったんです。大きな手術を受けられた方の指導は難しいのですが、慎重に指導させていただいて、どんどん回復して今はスクワットもできるようになりました。その方は50代後半なんですけど、「ウエイトをやったらゴルフの飛距離も伸びました」とおっしゃっていました。そこと結びつけて考えてくれるのもうれしいですし、そうであるという自信もあるんですけど、木下先生のような強い影響力がある方がウエイトはいいと断言してくだされば、とても説得力があると思います。

木下:いやいや。パラテコンドーは上肢の障がいがある人がメインで、テコンドーと同じルールで蹴り合うという感じなんです。ただ、両手でするトレーニングはできないじゃないですか。だから義手を使ったトレーニングとか、義手をつけてバランスを取ることによってトレーニングの動きが変わってくるのか、それともないほうがいいのかとか、そういう研究をやろうかなと思っているんですよ。

髙田:僕は以前、パラのカヌー競技をされている方のトレーニングを見たことがあったんです。その方はかなり遠方から通ってくださっていました。生まれつき片足が不自由で、最初は全然力が入らなかったんです。でも、そちらの足に特化して鍛えていくうちに、100%ではないですけど使えるようになっていったんですよね。そのジムは段差が多かったんですけど、簡単に上がれるくらいになりました。絶対に何かしらのやりようはありますよね。その辺で言うと今のアメリカのトレーニング技術はすばらしくて、体の一部を失った方たちもすごい筋肉なんです。どうやって鍛えているのかなと思うんですけど。みんな明るいですし、SNSの投稿などでトレーニングされている様子を拝見させていただいて、励みにさせていただいてます。

木下:パラリンピックのアスリートって本当にすごいですよね。筋肉だけではなく視覚も。ブラインドサッカーの選手たちは、本当に見えていないの?と感じるくらいのプレーをするんです。ゴールキーパーは目が見えている人がやっているんですけど、その間を抜いてシュートを入れてしまうし。海外の水泳の選手でパラリンピックの金メダルをいくつも獲っている女性の選手がいて、左右どちらかの半身まひなんです。陸上で歩いていたら当然まひしているほうが使えないんですけど、泳ぐと普通に腕が上がって健常者と変わらないように動くんです。水にいる間は自由なんですって。すごいな、どういう現象なんだろうって。

髙田:説明がつなかいですよね。

木下:水泳を研究されている先生も、MRIを見てびっくりしたと言っていました。

髙田:以前、目の不自由な方々のボランティアをされている方がおっしゃっていたのですが、ご自身がもともとボーリングの選手だったことから、目の不自由な方々のボーリング大会をやっているんです。みなさんすごくうまいんですって。人間は何かの感覚を研ぎ澄ますと、見えないものが見えてきたりすることもあるのかなと思いますよね。

取材・構成・撮影/編集部

髙田一也(たかだ・かずや)
1970年、東京都出身。新宿御苑のパーソナルトレーニングジム「TREGIS(トレジス)」代表。華奢な体を改善するため、1995年よりウエイトトレーニングを開始。2003年からはパーソナルトレーナーとしての活動をスタートさせ、同時にボディビル大会にも出場。3度の優勝を果たす。09年以降はパーソナルトレーナーとしての活動に専念し、11年に「TREGIS」を設立。自らのカラダを磨き上げてきた経験とノウハウを活かし、これまでに多数のタレントやモデル、ダンサー、医師、薬剤師、格闘家、エアロインストラクター、会社経営者など1000名超を指導。その確かな指導法は雑誌やテレビなどのメディアにも取り上げられる。
TREGIS 公式HP
木下まどか(きのした・まどか)
佐賀県出身。筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(学術)。2017 年より東京大学大学院総合文化研究科助教に着任。全日本テコンドー協会ではパラテコンドー委員会の委員として、主にパラテコンドーの普及、組織運営に従事。研究の専門は格闘技のバイオメカニクス。現在は、大学教員としてパラテコンドーの研究を進める傍ら、パラテコンドーの東京パラリンピック開催に向けた渉外活動に励んでいる。