世界チャンピオンの育て方③ 男子レスリング日本史上最年少世界王者を生んだ指導法に迫る




男子レスリング・フリースタイル65㎏級で初出場初優勝を飾った乙黒拓斗選手が、小学生時代に4年間レスリングを学んだのがゴールドキッズ。同クラブは男女ともに年代ごとの世界チャンピオンを生み出している。世界チャンピオンを育てる秘訣はどこにあるのか? 練習の様子をのぞかせてもらい、自身が元女子世界王者でもある成國晶子代表に話を聞いた。

 

ケガをしない体の使い方を覚える

教える側が進化しないといけない

 

成國がゴールドキッズとっておきの自慢話を教えてくれた。

「うちは本当にケガをする子が少ないんです。スポーツ保険に入っているのがもったいないぐらい。この一年、誰もケガしていないですからね」

ケガをしたら、練習ができず、レスリングが強くならない。そればかりか、子どもはレスリングが怖くなり、嫌いになり、やめてしまう。だからこそ、ケガをしないことを何よりも大切に考える。

ケガが少ない秘密は、指導の細かさ。楽しそうにやっているトレーニングでも、お互いに火花を散らしているスパーリングでも、成國をはじめ指導者たちは手の付き方、足の位置や運び、指のかけ方などなど細かい点に目を光らせ、ケガをしない体の使い方を徹底して指導している。

「拓斗は高校3年生のとき、ヒザの十字じん帯を切ったんです。あの子はもともと、グラウンドになると足首が倒れる、つま先でしっかりマットを蹴る形にならないんです。それだと、相手の体重がモロに自分のヒザに乗っかってきますからじん帯をやられる。持って生まれたものというか、ナチュラルなものでね。そんなこと教えなくても、センスのいい子はできるんですよ。どんな体勢にされても、マットを蹴れるような足の運びが。拓斗はそこだけが欠点で。うちにいたときは、レスリングシューズに硬いソールを入れさせて、足が常に立つようにさせていたんですけど、高校生になって『もういいや』と思ったんでしょうかね。ソールを入れなくなったら、案の定やっちゃった。ケガした後、本人に『ホラね』と言ったら、笑ってました。もう、しないでしょうね」

成國がレスリング部の顧問を続けてきた東京・文化学園大学杉並高校が今年度から男女共学となり、ゴールドキッズからも成國の一貫した指導を望む男子選手たちが進学。彼らはこれまで通りゴールドキッズの子どもたちといっしょに練習している。

練習場(杉並区立第三小学校体育館など)はマット1面。そこで、小学生から高校生まで30~40名が同時にレスリングに汗を流しているのもゴールドキッズならでは。体が一回りも二回りも大きな高校生に中学生、なかには小学生がスパーリングを挑んでいけば、先輩たちもしっかりと受け止める。

高校生が小学生の相手を務めることもある

「合宿や遠征でも大人は私ぐらいでは、あとはOB・OGが引率するだけ。親はついてきません。自然と上の子が下の子の面倒を見るようになるので、練習でも同じ。下の子にしてみたら、それは強くなりますよね。でも、上の子にとってもいいと思うんです。まだ覚えきっていない技を下の子を相手にゆっくりかけて身につける。何か漠然とヒントを得たことを、下の子に試して、確認する。小さくて軽い相手だからできること、やってみることはありますから」

成國は自身の指導について、次のように語った。

「トレーニングについては、トレーナーでラグビー選手や格闘家の面倒を見ている主人から結婚後、学びました。いまも最新情報などを教えてもらっています。レスリングの技術については……私が現役の頃は、ハッキリ言って女子には際立った技術はありませんでした。とにかく厳しい練習で体力、持久力をつけ、試合では相手を動かし続けて、敵がバテたところで入る。それだけ。今もその流れで、日本の女子レスリングはいまのところ最強ですが、本格的に強化に力を入れてきた国にはこのままでは追い抜かれるかもしれません。それなので自分も大して技術のある選手ではなかったですけど。学ぼうと思ったら、いまはいくらでも学べるでしょ。You Tubeでもなんでも。息子が高校や大学、全日本合宿とかで覚えてきたことも教えてもらったし。要はその気があるかないか」

一人ひとりの質問に対してアドバイスしていく成國代表

どれだけたくさんチャンピオンを育てようと奢ることなく、指導者と言えどもひたすら学びつづけてきたからこそいまがある。

「レスリングは日々変わってきていますからね。まずは教えるほうが進化していかないと」

ゴールドキッズでは、練習前も後も、全員が整列してあいさつすることはない。体育館に成國が現れると、子どもたちはそれぞれ走り寄ってきて「おはようございます」「こんにちは」とあいさつ。練習が終わると、帰りの支度ができた子から「ありがとうございました」「さようなら」と言って出ていく。呼び方は先生でもなく、コーチでもなく、「成さん」。

「それでいいんです。先生とか、コーチとか呼ばれたくないし。あいさつは掛け声でするより、それぞれがしっかりできればいい」

子どもたちはあいさつとともに、片付けもしっかりしている。マットは自分たちで敷く、自分たちでサッサと片づける。靴はきちんと揃え、脱いだ服やタオルはすべてきちんとたたむ。散乱している子はひとりもいない。

マットの準備と片づけは全員で行なう

「そこはうるさく言いますね。試合でマットに上がるとき、自分が脱いだジャージやTシャツをきちんとたためる選手と、丸めてセコンドにわたす選手。どっちがいいか。きちんとたためる選手は余裕がある。緊張していても、自分の服やタオルをたためれば、その間に落ち着いて冷静になれる。でも、それができない子は緊張して、ボーッとしたままマットに上がり、試合が始まる。それじゃ勝てないでしょ」

成國は「やっぱり母親だから。そういうところ、細かいんですよね」と笑った。

子どもとの接し方、1対1のコミュニケーション、自分を見つめ直すためのノート、ケガをしないことを大前提としたトレーニング、それぞれの長所を活かした技術練習、ほかにはない上下関係やあいさつ、きちんとした片付け……子どもを育ててきた母親だからこその気づき、思いやり、そして指導。その積み重ねこそがゴールドキッズの伝統となり、「日本一の強豪クラブ」の秘密となった。

 

取材・文/宮崎俊哉 撮影/佐久間一彦

 

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