私がよく行くジムには、露天風呂があります。
筋トレをした直後は体が熱を持っているので、冬であっても露天風呂は人気スポットです。
湯船でしばらく温まった後、冷たい空気を全身に浴びる。これがまた気持ちいい。温泉に来たような気分にもなり、週末の昼間などはついつい長居をしてしまいます。
湯船の傍らにはビーチベッドが3台。夏は取り合いになりますが、このシーズンにそこで寝る人はいません。
……と思いきや、いました。
大事な部分のみタオルで覆い、棒のように横たわるオジサン。50歳くらいでしょうか。ピクリともしないところを見ると、もしかして眠っているのでは……?
あ、起きた。
さすがに寒かったようです。
立ち上がると、両腕をぶんぶんと回しはじめました。続いて両ヒジを直角に曲げ、上下・前後に動かします。肩甲骨を動かしているようですね。トレーニング歴の長い人は、肩甲骨の重要性をよく理解しているものです。
眼を閉じ、黙々と肩甲骨体操を繰り返すオジサン。もはやフルチンです。
すると、その隣に40歳前後と思われる男性が立ちました。
肩幅程度に足を開き、背伸びをするようにしてから両足のカカトを床にドンと打ち下ろします。これも健康に良いとされている運動ですね。骨を丈夫にしたり、内臓機能を改善したりすると言われていたかと思います。
50歳のオジサンからの距離、およそ2メートル。こちらも負けじとフルチンです。
すっきりと青い冬の空。
その下に裸の中年、2体。
少し荒くなった息づかいと、湯が静かに注がれる音。
和の風情――。
シュールな光景にひたっている間に、時間は刻々と過ぎていきます。
2分、3分……両者とも動作をやめようとしません。いや、やめられないのでしょう。
どちらが仕掛けたわけでもない。しかし、戦いは始まってしまった。同じリングに立った男同士、先に音をあげることは敗北を意味します。
肩甲骨体操VSカカトドン。
年の差を超えたバトルに、いつしか湯船にいた私を含む3名は釘付けになっていました。誰一人として声を発することもなく、また、観客席を離れる者もいません。
肩甲骨が、カカトドンの様子をチラリと確認しました。相手が気になるということは、スタミナを消耗している証拠です。しかし、カカトドンはポーカーフェイスを崩しません。この余裕は、肩甲骨にとって精神的なダメージとなったはずです。
よくやった。もう十分だよ。これ以上やったら肩甲骨が壊れちゃうよ……。
セコンド気分になった私が持っていたタオルを握りしめたその時、なんとカカトドンがくるりと身をひるがえし、「ふう」と悔しそうなため息をつきながら室内へと帰っていきました。
勝者、赤コーナー、肩甲骨!
即座に動作をストップする肩甲骨。ギリギリの状態だったのでしょう。
腰に手を当てると、感慨深そうに上空を見つめました。
簡単な戦いではなかった。それゆえの達成感。
すっかりのぼせてしまった観客たちが、心の中でスタンディングオベーションをしながら会場を後にする中、フルチンの王者は誇らしく立ち続けていたのでした。
文/ジェット・ハヤタ