人の集まるところには、「ヌシ」が存在するものです。
もちろんジムにもいます。
むしろヌシが生息しやすい環境と言えるかもしれません。
・長時間いても不自然ではない。
・座れるところがたくさんある。
・ベテランになるほど顔見知りが増える。
・同じテーマで会話をしやすい。
・定期的に新顔が入ってくる。
ざっと、このような要因が考えられます。
ヌシの生命エネルギーを高める好環境です。
とくに総合型のスポーツジムではヌシが目撃されやすいようです。また一般的に、ヌシはマシンエリアよりもフリーウエイトエリアに多く潜んでいると考えられています。後者のほうが、じっくり腰を据えてトレーニングする人が多いからです。
ただ、実際にはトレーニングエリアとは別の場所で、より多くの伝説的なヌシが観測されています。スタジオの中、プールのジャグジー、サウナ、風呂場などが挙げられます。そして、忘れてならないスポットはロッカールームです。
ロッカールームのヌシは、部屋の最も奥に拠点を構えているのが特徴です。イスが置いてある場合、当然それを活用しています。そして着替えたりスマホを触ったりしているように見せながら、往来する獲物にしっかりと目を配り、チャンスを待つのです。
その日捕獲されてしまったのは、ロッカールームを掃除していた30歳前後の若い男性スタッフでした。
「ちゃんと掃除してるの? 最近ちょっと汚いよね」
機嫌が悪かったのか、ヌシはいきなり先制攻撃を繰り出しました。
「すみません」
「忙しいのはわかるけどさ、こういう場所ってキレイにしておくべきだよね。そういう意識が社会全体で薄れてきてると思うよ。最近の若い人って、そういうの習わないのかな」
出た!「最近の若い人」。紀元前の古代エジプト人も使っていたと言われるこの技は、それほどダメージを与えないわりに、中高年層の十八番として脈々と受け継がれています。
しばらく観戦してもよかったのですが、あまり気分のいい話にならなそうだったので、私はロッカールームを出て風呂へ向かいました。
15~20分ほど経過したでしょうか。ロッカーに戻ると、そこには信じられない光景が。なんと、まだ続いていたのです。
しかし、さっきとは少し様子が違います。ヌシの言葉に耳を傾けてみると……。
「……もう怒られちゃってさあ。あれは人生最大の失敗だったな。それから考え方を変えて、もっと真面目に仕事するようになったんだよ(笑)」
いつの間にか人生談義になっていました。
「そうだったんですか」
若者も興味深そうにうなずいています。
「まあ若い頃は誰しもいろいろやらかすよな。でもチャレンジすることが大事なんだよ。あんまり気にせずに、自分の信じるようにやったらいいよ。やらなきゃ何も生まれないんだからな!」
「はい、ありがとうございます!」
……なんだよ、やさしいんじゃないですか。
きっかけづくりがヘタなだけで。
話が長すぎるだけで。
ヌシの最大の特徴は、「人が好き」。
文/ジェット・ハヤタ