連載第1回は、中高年がジムでの筋トレが続かない理由について解説した。今回は、中高年のための筋トレのキホンについて、「心身健康倶楽部」を主宰するパーソナルトレーナーの枝光聖人さんにお聞きした。
「頑張らないジム」に会員1000人
「筋トレを続けるにはまず、モチベーションを落とさないことが大事です。ジムの扉を叩いてやって来る最初の頃が、モチベーションがいちばん高いので、いかにそれを持続させるか。誰でも何かの目的があってジムに入会するので、その目的を深掘りします」
たとえば、「お腹を引き締めたい」という目的があるとき。普通は、腹筋などお腹を引き締めるトレーニングを提案するが、枝光さんはそうはしない。
「なぜお腹を引き締めたいのか?という、もう一段階深い部分の理由が大事です。スリムだった頃のスカートを履きたいとか、友達の結婚式に出るからとか、皆さんいろんな理由がありますから。そしてヒアリングした結果、『私は寸胴で太いのがコンプレックスだから、ウエスト細くしたい』というのがいちばんの理由だったとします。ところが実際にウエストを測ってみると、お腹周りにそれほど脂肪がついていない場合がある。『悩んでいるのは、ウエストの細さではなくて、寸胴に見えること。お尻を発達させたらメリハリが出て、ウエストが細く見えるようになるので、お尻を鍛えるトレーニングをやってみませんか?』と提案をします」
(1)モチベーションの原動力となる「目的」を明確にし、(2)目的に沿ったトレーニング法を提案すること。特に(2)において大事なのは、体に負担がかからない方法を選ぶこと。一般に知られる効果的な筋トレといえば、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトのBIG3がある。ベンチプレスをすれば上半身を、スクワットは下半身を、デッドリフトは背面部を鍛えられ、体の面積を占める大きな筋肉を効率よく鍛えることができるが、これは運動不足の中高年には向かないと枝光さん。
「大きな筋肉を動かすには大きな力が必要なので、トレーニングがよりキツくなり、耐えられなくなってしまうんです。まずは『小さな筋肉』から始めてみてください。そして、トレーニングの目的の中で、最もプライオリティが高いものを見つける。二の腕痩せたいとか、脇腹をすっきりさせたいとか、お尻の形を良くしたいとか、スタミナつけたいとか、何でもいいです」
ちなみに、「BIG3=効率的なトレーニング法」というのは、トレーニーの「知の呪縛である」と枝光さんは言う。もともと、その考え方は、スポーツ選手を対象としたトレーニング研究のエビデンスから来ているものなので、ふだん運動をしていない一般の人には、当てはまらないというのが、その考えだ。
「『運動をしていない人のトレーニングのエビデンス』ってとりようがないですから(笑)。そもそも一般の人の体は、アスリートのように脂肪率や筋肉量の平均が出にくく、痩せている人も太っている人もいるので、エビデンスや画一の方法論がとりづらい。目的も、体の状態もバラバラだから」
では、実際に、心身健康倶楽部でトレーニングを受けた人はどういう感想を持っているのだろうか?
「皆さん、『他のジムと全然違う』と驚かれます。BIG3をやらないし、トレーニングだけではなくて話をすることも多いし(コーチングやヒアリング)。疲れきっているときは、軽いストレッチをメインにやって、最後の10分だけ汗をかくようなトレーニングだったりするので。疲れたときにこそ来店してもらって、疲労を回復してもらいます」
実はこれ、プロのアスリートも同じなのだとか。試合の翌日に寝ているのではなくて、しっかり体を動かすと、疲労回復に3~4日かかっていたのが2日に短縮されるという。
「筋トレを100回しなければいけないわけではなく、3回だって良いんです。ただし、パーソナルトレーナー側は、クライアントが達成感や満足感を持てるようにトレーニング内容のさじ加減をすることが大事ですね。トレーニング翌日に、ある程度、疲れが取れたり、軽い筋肉痛があって、『なんか効いた気がする』と感じられるように」
効果的でムリなく続けられるという意味では、プロテインの飲み方も同様だ。毎日摂取するのではなくて、トレーニングをした日だけで飲めばOK。その代わりに、質の良いもの――たとえば、人工甘味料が入っていないものや、ホエイとソイの両方が入っているものを選ぶと良い。
食事も同じく、極端な制限はしない。過食による肥満でトレーニングを受けに来る人がいるが、その過食の背景には「過度のストレスを処理するため」という肯定的な理由が潜んでいる場合もある。大切なそのストレス処理方法を外してしまうと、ストレスが爆発して、日常生活に支障をきたす可能性があるのだ。
「ストレスがひどい場合には、血流を上げてそのストレスが体の外に出るようなストレッチをする方法もあります。ドーパミンやセロトニンが出る運動をして、ストレスを解放しながら、自分に合ったペースで、食事の量を少しずつ変えていく。アスリートと同じ食事制限は、2〜3ヶ月の短期間ならできるかもしれませんが、2ヶ月経つ頃にリバウンドしたら意味がないですよね。
若い頃だったら取り返しがつくかもしれませんが、中高年になってそんなムリをして、日常生活のベースを乱すほうがリスクです。仕事や家庭のことを休まずに続けられるトレーニングやケアを心がける必要があります」
心身健康倶楽部では、クライアントのメンタルケアにも対応するため、コーチングを含めたトレーナー育成プログラムを行なっている。トレーニングしたくてもできない人はいっぱいいるので、まずは私たち(心身健康倶楽部)のところに来てほしい、と枝光さんは語る。
「ビジネスモデルでいえば、うちはストック型。ライザップさんは短期決戦型で、2ヶ月で結果にコミットするけれど、うちは『頑張らないジム』なので、うちのお客さんの7〜8割が1年以上続くんです。この手法は、同業のジムやトレーナーにぜひ広めたいですね。何よりも大事なのは『スタッフ』です。お客さんの体の悩みやクセは全部知っているし、高齢の方に対しては、家族のことやご近所づきあい、暮らしのことなど、何から何まで相談に乗ることもあります。僕は90代の女性の方を担当していて、その60代の息子さん、『今日は、お母さんはこういうコンディションでした。今週はこんな出来事があったそうですよ』とお伝えしたりしています。ジムだけど、近所の見守り役のようなことができるんです。そうすると、最初は奥さんだけが通っていたのが、旦那さん、息子さんなど、家族全員が通うようになって、どんどん和が広がっていく。
短期型だと常に新規の会員さんを募集しなければいけないけれど、ストック型なら新規会員をそんなに募集しなくていいので、経営側もラクだと思います。無人化、自動化、AI化のジムではなく、きめ細かな配慮がきくジムが日本中に増えたら、高齢化社会にどれだけ役にたつかとワクワクしています。
四谷に開業して6年経ち、ここだけで会員は1000人を超えました。お客さんとトレーナーが信頼関係を持って運営するこのシステムを、ぜひいろいろな方に真似てほしいと思っています」
取材・文/三島衣子
枝光聖人(えだみつ・まさと)
心身健康倶楽部代表取締役。パーソナルトレーナージャパン株式会社。人間総合科学大学人間科学学士。心身健康科学修士。厚生労働省認定ヘルスケアトレーナー等。ゴールドジムでアスリート向けのスポーツトレーナー等を経験した後、中高年へのトレーニング指導へと転向、「心身健康倶楽部」を設立。以後15年に渡る経験トレーニング指導を持つ。東京に四谷店、新宿御苑店、あざみ野店、イオン西新井店、神奈川に横浜元町店、大阪に高槻店の6店舗がある。著書に『毎日の不便を「喜び」に変える筋力アップの方法 老筋トレ』(法研)、『はいはいエクササイズ』(ベストセラーズ)等。
心身健康俱楽部