株式会社乃村工藝社は、2014年にJOCの行なうトップアスリートの就職支援システム「アスナビ」を通じて西崎哲男選手を雇用した。西崎選手の応援を通じて競技への理解が深まり、社内にパワーリフティング部を創部。現在は東京本社・大阪事業所の二箇所に公式ベンチ台を備えたトレーニングルームがある。部を作るまでの経緯や活動について、西崎哲男選手とキャプテンの遠山潔さんに話を聞いた。
ゆりかもめのお台場海浜公園駅すぐそばに本社を構える株式会社乃村工藝社。120年以上の歴史があり商業施設、ホテル、ワークプレイス、博覧会、博物館などのさまざまな空間の総合プロデュース企業として全国10拠点を展開している。業界最大手とだけあって、2008年につくられた自社ビルの内装は隅々まで工夫が凝らされ、洗練された空間が広がる。
そんな大企業の一室に設置されているのが、パワーリフティングの公式ベンチ台だ。ベンチ台が導入され、部の活動がスタートしたのは2016年のこと。執行役員原山麻子さん(東京2020オリンピック・パラリンピック推進室室長)のはたらきかけにより、社内で競技を周知するためのイベントが開催されたことがきっかけだった。
「当時は試合を見に来てくれるのも五人くらいで、ほとんどの社員がルールも知らなかったと思います。僕が会社に所属しているというだけで、パワーリフティングについて会社のなかでほぼ共有ができていませんでした。そこでまず応援してもらうために基本的なルールを知ってもらい、どんな競技かを見てもらう場を設けようということになり、2015年の12月に社内でイベントを開催しました。当日は僕以外にも女子と男子一人ずつ選手にきてもらったほか、日本パラ・パワーリフティング連盟の方にも審判をお願いし、競技の紹介や体験会を行ないました」(西崎)
現在パワーリフティング部のキャプテンを務める営業職の遠山潔さんも、そのイベントに参加した一人だ。
「参加するまでは、乃村工藝社にパラ選手を雇用するマインドがあることを知りませんでした。でもイベントで西崎さんが実際にベンチをあげるところを目の当たりにして、こんなにすごい重量を扱うのかと素直に驚いて。西崎さんが目指す『リオ(リオデジャネイロ2016パラリンピック競技大会)に向かってみんなで応援していこう!』という気運が一気に高まりました」(遠山)
イベントでは試技にも参加した遠山さん。もともとジムに通いベンチプレスにも慣れていたつもりだったが、足を台に乗せた状態で行なうパワーリフティング専用のベンチ台を使うのは初めてのことだった。
「70kgを挙げたのですが、全然力が入らないと驚いたことを覚えています。いま考えたらよくあんな重量で重いとか言ってたなと思いますね(笑)」
イベント後、1月の全日本選手権には約70人の社員が駆け付け、西崎選手も日本記録を更新。そして4月、西崎選手のリオパラリンピック内定と時期を同じくして、パワーリフティング部がたちあがった。
「ほとんどの部員が、最初は『応援したい』という気持ちだけで入部してきていました。ただ西崎さんがどんどん記録を出していくのを見て、せっかくだから自分たちも頑張ろう、と取り組み始めました。僕自身、体重は西崎さんの倍あるのになんで半分の重量しか挙げられないのだろうと思っていました(笑)」(遠山)
パワーリフティングの魅力の一つは、インクルーシブな競技であること。老若男女・障害の有無問わず同じベンチ台で一緒に競技ができ、健常者の大会ルールに合わせることができれば障がい者と健常者が同じ試合に出場することもできる。現在部でも、東京と大阪あわせて20代~50代まで約20人が在籍。部員は昼休みや就業後を利用し、ベンチ台の上で汗を流す。
「僕がいつもいる大阪は、経理系の女性の方が多いです。『肩凝りが治った』『仕事の能率があがった』という声をよく聞きますね」(西崎)
「東京では多分僕が一番利用していると思います。トレーニンググッズを鞄に入れて持ち歩いて、時間が出来たらここに来て。隣に会議室があるのですが『ガシャン、と変な音が聞こえると思ったら遠山がベンチプレス挙げてた』なんて言われたりしています(笑)」(遠山)
入部するまで自己流でベンチプレスを行なっていた遠山さんは、西崎さんのアドバイスをもとに基礎の見直しを図ったという。
「西崎さんはフォームがとても綺麗です。指導を受けて、僕も背中にアーチを作ってちゃんと背筋を伸ばし、胸と背中の筋肉をバランスよく使って挙げられるようになりました」(遠山)
79kgだった体重は95kgにまで増え、挙げられる重量も格段に飛躍。入部によって誰よりも変化した遠山さんは、パワーリフティングの魅力についてこう語る。
「ベンチプレスは“まぐれ”ということが無いです。記録を伸ばすためにはフィジカル、メンタル両方の面において地道な積み重ねが必要。逆に言うとやったらやっただけ成果が出るので、そこが自分にとっての大きな魅力ですね」(遠山)
西崎選手の応援をしながら楽しんで 活動を続ける乃村工藝社パワーリフティング部は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会、さらにその先の未来に向かって大きな目標を抱いている。
「やはり一番大切なのは、東京2020に向けて社内の気運を高め、全社が一体感をもって西崎さんを応援していくこと。そのために我々部員も中心になって、全国各地にある支店とコミュニケーションをとっていきたいです。そしてそれにとどまらず、東京2020が終わった後も実業団の大会に出たり会社の健康増進に寄与するイベントを行ったりして、部として中長期的に活動していけたらなと思っています」(遠山)
西崎選手は競技者として、会社はオフィシャルサポーターとして。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会へ向け、それぞれ自分たちの描く夢のカタチをデザインしていく。
取材・文/安多香子 写真提供/株式会社乃村工藝社
西崎哲男(にしざき・てつお)
1977年4月26日、奈良県出身。添上高校レスリング部では国体にも出場。2014年に東京2020パラリンピック出場を目指して株式会社乃村工藝社入社。16年パラパワーリフティングジャパンカップ54㎏級1位。リオデジャネイロ2016パラリンピック出場を果たした。2019年チャレンジカップ京都で142㎏の日本記録を樹立。同年7月の世界選手権では54㎏で8位入賞。
乃村工藝社(のむらこうげいしゃ)
1892年の創業以来、商業施設、ホテル、ワークプレイス、博覧会、博物館などのさまざまな空間の総合プロデュース企業として、全国10拠点を展開し、プランナー、デザイナー、プロダクトディレクターなどの専門職が総計1,000名以上在籍しています。創業から120年以上にわたり培ってきた総合力と社会課題の解決につながる空間価値の提供で人びとに「歓びと感動」をお届けしています。
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