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パーソナルトレーナー百人斬られ(仮)Vol.3 大長武史(大長道場/ゴールドジムサウス東京ANNEX)前編【佐久間編集長コラム「週刊VITUP!」第210回】

VITUP!編集長・佐久間が全国のパーソナルトレーナーさんを巡っていく「パーソナルトレーナー百人斬られ(仮)」。今回はゴールドジムサウス東京ANNEXを中心に活動している大長武史さんが登場。前編ではトレーニングと治療術の二刀流である大長さんの人物像に迫ります。

日本にパーソナルトレーナーという文化が根づき始めたのは、1990年代の後半になってからのこと。大長さんは就職活動の1988年当時、台頭してきたスポーツクラブでのトレーナーを志してはいたものの、周囲から「そんなわけのわからない仕事はやめたほうがいい」という猛反対にあって、一度はその道を断念しています。

 

「僕は体のことに興味があったので就職をするときにトレーナーになりたいと思っていました。ただ、当時はまだ日本にトレーナーという仕事が定着していなかったんです。そこで何か健康に寄与する仕事をしたいと思っていたときに、ランニング雑誌を見ていてシューフィッターという仕事を知りました。その資格を取るには靴屋で3年間働く必要があって、靴屋に就職することになりました」

 

靴屋で5年間働き、シューフィッターの資格を取得。普通ならその資格を武器にさらに仕事の幅を広げていくところですが、大長さんはこれを「卒業証書」としてトレーナーの道へ。最初はスポーツクラブでアルバイトスタッフとして働き、トレーナーとして活動していくためにさまざまな資格を取得。知人の紹介をきっかけに日本のゴールドジムの会社である株式会社THINK(当時)で働くことになります。ところが株式会社THINKでの仕事は、ゴールドジムのトレーナーではなくフィットネスショップの店員でした。

 

「当時はまだゴールドジムの店舗が一店舗しかなく、トレーナーの空きがなかったんです。将来的にトレーナーへの異動もあるという話もありました。フィットネスショップでは現・新極真会の緑代表や入来師範の私への評価により手塚社長から入社半年で店長にさせていただき、一生懸命働きました」

 

ショップでの仕事を2年間まっとうした大長さんは、ようやく日本第二号店である大塚のゴールドジムノース東京で働くことになりました。しかも最初から支配人という立場です。しかし、慣れない支配人の仕事にスタッフからの反発に遭います。燃えるゴミ、燃えないゴミの分別さえされてなく、「大長さん一人で分別して下さい。忙しくてやってられません!」と言われる始末。さらに徹夜続きの仕事量、今までの改善や修正は毎日あり、睡眠時間は3時間取れれば良いほうというほど多忙を極めます。そうしたなかでも大きかったのは、多くの人との出会いだと言います。

 

「今では故人となった伝説のアンディ・フグやマッスル北村という日本のゴールドジムにとっての恩人とも呼べる人物との出会い、さまざまな格闘家やボディビルダーとの日々は、忙しく大変な仕事を忘れさせる素晴らしい時間でした」

 

2年強支配人として働いたのち、株式会社THINKを退社。その後、アルバイトスタッフとして、行徳千葉やサウス東京でチーフトレーナーとして働きながら、2000年からパーソナルトレーナーとしても活動し始めます。

 

「当時は一般の方だけでなく、ゴールドジムのスタッフも私のパーソナルを受けていましたし、1週間で50人くらい見ていたと思います。月曜日は17時オープン、月一回休館日で2~3件しか入らない、日曜日は自分の研修日のお休み含め、ほとんど入らないので、火曜~土曜の5日間で約50人。1日10人ペースなので、トイレに行く時間も、食事の時間もないくらい忙しい時期もありました」

 

2000年からパーソナルトレーナーとしてのキャリアをスタートさせ、20年以上の時間を過ごす中で日々研究、勉強を重ねていき、数々の治療術を学んだことで、「考え方の幅が広がった」と大長さん。

 

「昔は白坂先生の影響もあり、物理的なものしか認めていませんでした。また、それをクライアント様に実感していただき、体が変化することが楽しくて仕方ありませんでした。だからトレーニング指導で意識のことを言うのは大嫌いでした。でも、河野先生から野口整体や肘井先生や田川先生からエネルギー療法という治療術を学び、稲垣先生と知り合い自意識他意識理論を学び、意識することで変わるんだということがわかって、こういう世界も認めないといけないなと考えるようになりました。世の中には若い人を含め、すごい人がたくさんいます。進んでいけば進んでいくほど、上には上がいるということに気づきますが、下にいると上の世界がわからずに天狗になってしまう。僕は世の中にすごい人がいるというのはわかっているので、勉強し続けていかないといけないと思っています」

豊富なキャリアを持ちながらも、常に向上心を持ち続けているのは、パーソナルを受けにきてくれるお客様に喜んでほしいから。お客様の喜びが自分にとっても一番の喜びになっているのです。

 

「パーソナルトレーナーという仕事の一番の魅力は、お客様の要望に応えることで喜んでもらえることですね。たとえば筋肉をつけるでもいいですし、シェイプするでもいいですし、痛いところを治すでもいいのですが、その方の要望にお応えできるのが一番嬉しいです。まだまだ足りない部分は多いですけど、だいぶ守備範囲は広くなったのではないかと思っています」

 

大長さんはトレーナーであり、治療術家でもあるため、トレーニングを始める前に土台となる「身体条件」を大事にしています。身体条件とは、左右対称性の動きと姿勢、中心軸がある、上虚下実(整体)である、痛いところがない、可能な限り柔軟であり、筋肉も柔らかく、各関節に引っかかりがない、腰椎3番で捻れる、状態を指します。大長道場ではまず身体条件。その先に自意識他意識の意識論、フォーム、上記3つの後にメニューです。身体条件を整えてからでないと、望むような効果や結果も出難いからです。

 

「ヒザが痛くてしゃがめない方にスクワットを教えてもケガにつながるだけで、効果は出ません。まずはトレーニングをできる土台をつくること。それがあったうえで、意識論やフォーム、メニューがあります。トレーニングをする前に体の法則、体のルールをご理解いただければなと思っています。僕は治療術もやっているので、そこが他のトレーナーさんとは一線を画している部分だと思います」

 

トレーニングを始めるなら「身体条件」を整えることが、最初の一歩になるとのこと。身体条件を整えるとはどういう方法なのでしょうか? 百聞は一見に如かず。実際に大長さんのパーソナルトレーニングを体験してみましょう。

 

というわけで、次回はトレーニング編をお届けします。

 

【トレーナーPROFILE】
大長武史(だいちょう・たけし)
1968年1月17日生まれ。1993年にスポーツクラブでトレーナーデビュー。2000年から本格的にパーソナルトレーナーとして活動を開始。GOLD’S GYM公認パーソナルトレーナー、NSCA CPT パーソナルトレーナー、日本ボディビル連盟公認一級指導員などの資格を取得。2002年より、しんそう療法(治療術)を学びはじめ、野口整体、エネルギー療法、BHS療法、催眠療法も取得。パーソナルトレーナーと治療術家の二刀流で活躍中。

 

【店舗情報】
ゴールドジム サウス東京ANNEX
〔住所〕東京都大田区山王2-4-1 大森駅前ビル6・7F
〔料金〕(価格は税込)
■レギュラーメンバー
フルタイム(全営業時間)/11,000円
ゴールド(フルタイム・レンタル5点セット付)〈※1日1回〉/16,500円
デイタイム(月~土・祝日 OPEN~18時)/8,800円
ウィークエンド(土・日・祝日 OPEN~CLOSE)/6,600円
〔営業時間〕
月~土 7:00~23:30
日 7:00~20:00
※祝日は該当曜日の営業時間
※休館日は第3月曜日
※休館日はサウス(大井町)店・戸塚店の利用可能
【大長さんのパーソナルトレーニング(大長道場)】
大長道場
入門料 5,000円(紹介のある方は2,500円)
指導料金
30分/4,500円(1回) 一括払い45,000円(11回分)
60分/7,000円(1回) 一括払い70,000円(11回分)
90分/10,000円(1回) 一括払い100,000円(11回分)

 

佐久間一彦(さくま・かずひこ)
1975年8月27日、神奈川県出身。学生時代はレスリング選手として活躍し、高校日本代表選出、全日本大学選手権準優勝などの実績を残す。青山学院大学卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。2007年~2010年まで「週刊プロレス」の編集長を務める。2010年にライトハウスに入社。スポーツジャーナリストとして数多くのプロスポーツ選手、オリンピアン、パラリンピアンの取材を手がける。