「疑問を持つ」名将の指導論【佐久間編集長コラム「週刊VITUP!」第201回】




VITUP!読者の皆様、こんにちは。日曜日のひととき、いかがお過ごしでしょうか? 3月2日に東海大学柔道部師範・竹内徹先生著『ワールド柔道 世界で勝つための極意書』が発売となりました。今回は制作に携わらせていただいた、この本についての話を書いていきたいと思います。

竹内先生は九州学院高校時代に金鷲旗大会優勝、インターハイ準優勝などの実績を残して東海大学に進学。大学ではケガに苦しみ柔道での結果は残せなかったものの、サンボで全日本選手権優勝、世界選手権準優勝という実績を残しました。現役引退後は、選手時代の経験や自身の恩師である白石礼介先生、佐藤宣践先生の教えをもとにした指導で、指導者として輝かしい結果を残してきました。長年率いた東海大浦安高校では、19年連続でインターハイに出場し、2012年には高校三冠(全国選手権、金鷲旗大会、インターハイ)を達成。ベイカー茉秋、ウルフ・アロンといった2人のオリンピック金メダリストをはじめ、数多くの名選手を育てた名将です。

 

「名将」と聞くと、熱血漢であったり、厳しい指導であったり……というイメージもありますが、竹内先生はとても穏やかでいつもニコニコしている人です。そしてすごく真面目で勉強熱心。今回は初めての書籍ということで、編集サイドの我々の言葉に熱心に耳を傾けながら、執筆、校正をしてくれました。

 

本書にも掲載されている竹内先生の指導論でとくに印象的なのが、「疑問を持つ」という考え方です。「こういう練習が常識だから」「今まではこれでうまくいったから」……と、固定観念にとらわれることなく、常に自分の指導にも疑問を持ちながら改善し、指導してきたのです。2012年に三冠を達成したチームのときは、練習法をガラリと変えたと言います。

 

そのきっかけは、当時のチームのエースだったベイカー選手の言葉です。それまで伝統的に6分10本という乱取稽古をしていましたが、ベイカー選手は3本やると休んでしまっていました。ここで竹内先生は怒るのではなく、「3本ごとに休むのはどうしてだろう?」と問いかけました。ベイカー選手は「僕は他の部員よりも2倍も3倍も技をかける回数が多く、常に全力を発揮するので3本しか続かないんです」と返答。これを受けて竹内先生は「10本連続で全力を出せというのは無理なのかもしれない」と、これまでの練習法に疑問を持ち、休憩を入れたほうが全力の稽古ができるのではと考えました。そして「6分3本・休憩3分」に変更したところ、選手は3本やれば休めることがわかっているため、一本ごとの集中力が高まり、全力で取り組む。結果として10本連続でやっていたときよりも大きな成果が生まれたのです。

 

何かを変えるのは勇気が必要です。その勇気を持つために常に疑問を持つ。そして、自分の考えを一方的に押しつけるのではなく、選手との対話、あるいはコーチの助言やトレーナーの声にも耳を傾けながら、そのときの最善をチョイスする。選手一人ひとりの自主性も大事にする指導だからこそ、強い選手が育ったのでしょう。

 

本書で技術を紹介してくれたのは教え子であるベイカー選手、ウルフ選手に加え、秋本啓之さん、福見友子さん、飛塚雅俊さんと、いずれも世界の舞台で活躍してきた柔道家の方々です。実はウルフ選手の撮影は金メダルを獲得した東京2020オリンピックの直後。多忙だったにもかかわらず、「竹内先生のためなら」と自分の技術を惜しみもなく披露してくれました。協力してくれた方々の振る舞いからも、竹内先生がリスペクトされていることがよくわかりました。

 

世界トップの柔道家の技術が惜しみなく盛り込まれ、竹内先生の指導論もたっぷりと詰まった『ワールド柔道』は、格闘技に興味のある方はもちろん、スポーツ指導者の方にも参考になる部分があると思います。気になる方はぜひチェックしてみてください。

 

佐久間一彦(さくま・かずひこ)
1975年8月27日、神奈川県出身。学生時代はレスリング選手として活躍し、高校日本代表選出、全日本大学選手権準優勝などの実績を残す。青山学院大学卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。2007年~2010年まで「週刊プロレス」の編集長を務める。2010年にライトハウスに入社。スポーツジャーナリストとして数多くのプロスポーツ選手、オリンピアン、パラリンピアンの取材を手がける。