多くのレスリング王者を育てた、成國晶子の”魔法”とは? 「子どもたちのメンタル強化」について聞く(後編)




そうした練習方法を小さいときから積んできた子どもたちは、多くのクラブが集まる合同練習でも日本代表レベルのコーチに物怖じせず積極的に質問し、技を磨き、技のバリエーションを広げていくことができる。(前編の記事はこちらから)

自分で考えて練習する選手は、いわゆる“ブルペン・エース”とはならず、試合で自分が持っている力を十分発揮できるというわけだ。

「まぁ、そうは言っても、試合が近くなると緊張感ありありで、動きがぎこちなくなる子もいます。小さい子だけでなく、全国大会で何度も優勝したような選手でも。緊張している子どもって、見ていておもしろいしかわいいですよ。『負けたくない』と思うからでしょうね、明らかに構えがおかしくて、斜め向いちゃったり。もっとひどいとまともに歩けなかったり。そんなときは言ってあげるんです、『大丈夫、絶対勝たせるから』って」

数多くのチャンピオンを育ててきた成國の言葉には絶対的な力がある。安心した子は緊張から解放され、しっかり練習できるようになる。

そして、笑顔で試合に臨む。たとえ第1ピリオドでリードされても、第2ピリオドが始まるとき、選手は笑顔を取り戻す。ピリオド間のインターバル30秒間、成國から“魔法”をかけられて。

「どんなに負けていても、技術的な指導、注意は1点だけ。アレコレ言いません。あとはちょっとおどけて、『後半、ガツンとやっちゃえよ』と声をかけて、お尻のひとつも叩いて送り出せば、選手は落ち着いて、笑顔で出て行く。そうなれば、逆転間違なしです」

成國は自信満々にそう語った。

成國をはじめMTX GOLDKIDSのコーチたちの指導は細かい。楽しそうにやっているトレーニングでも、お互い闘争心むき出しで闘っているライバル同士のスパーリングでも手のつき方、足の位置や運び、指のかけ方など細部にまで目を光らせる。それゆえ、ケガをする選手が少ないのもMTX GOLDKIDSの自慢だ。

そして、練習後、成國は全員に声をかける。いい練習ができた子をほめるのはもちろん、集中力を欠いていた子や、目標を見失いかけている子にも。

「どうした、学校で何かやらかしたか?」

「お母さんに怒られたか?」

子どものちょっとした変化も見逃さず、声をかけ、保護者と綿密なラインのやりとりをし、子どもたちの状況を把握している。

「何か、ひっかかるというか、気になるんですよね、子どもを見ていると。それで、自然と言葉が出てくるんです」

保護者たちは「成さんが言うことは本当によくあたる」と不思議がる。例えば、練習後に『今晩、熱を出すだろうから気をつけてあげて』とラインが来たら、本当に熱が出たり。

母親として二人の子どもを育てながら、クラブの代表として20年間指導を続けてきた女性ならではの細かさと気配りか。

そして、試合前には選手全員を自らマッサージして、カラダの張り具合、体調を確認しながらコミュニケーションを深める。

もうひとつ、成國が決めていることがある。それは、試合で勝っても負けても、帰りの車の中では試合の話をしないことだ。

「子どもって、特に負けたときは、帰りの車内が一番イヤなんですって。逃げ場のない密室で、よくなかったことは自分が一番わかっているのに、それをコーチや親御さんからうだうだ言われるのが。

 だから、私からは何もいわず、必ず反省文を書かせます。勝っても負けても。それをお父さん、お母さんが写メして私に送ってくる。お父さん、お母さんともそれで情報共有できるし。私は次の練習までに全員文の反省文を読んで、それぞれ子どもと話し合います。『それができないで負けたんだったら、どうしたらいいか』、『どういう練習をしなければいけないか』。逆に優勝したら、『次ぎの目標はどうするか」、『今度はどんな技を覚えようか』。その積み重ね。

 小さい大会も含めれば、年間10以上の大会にほとんどの選手が出場していますから、負けるときがあってもいいんです。そこで一度立ち止まって、しっかり自分で考えて、また進めばいい。負けないとわからないこともありますからね。そうやって成長して、自分が目標としている大会で優勝すればいいんです」

世界チャンピオンとなった長男・大志は「オフクロのような子どもたちへの説得力が、少しは自分にもついたかな」と言っていたが、そのことを伝えると母は豪快に笑った。

「甘いな。そりゃ技術についてはもう大志のほうが詳しいし、長女の琴音は子どもに人気があります。でも、まだまだ負けませんよ、アイツらには」

息子であり、世界チャンピオンの大志さん(中央)と娘の琴音さん(右)と3ショット

創立以来、途切れることなくチャンピオンを誕生させてきた成國の次なる狙いは、インターハイ団体戦。成國は文化学園大学杉並高等学校レスリング部の外部指導員を務めているが、中学卒業後も成國の指導を受け続けたいと中学生チャンピオンたちがこぞって同高校への入学を希望している。そうなれば、インターハイ団体優勝も夢ではない。高校レスリング界にもMTX GOLDKIDS旋風が巻き起こるか!

取材・文/宮﨑俊哉
写真/森本雄大

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