安井友梨が教えてくれた「今を変えようとする未来への意思」の大切さ




21時40分頃――。宇都宮駅のホームに安井友梨はいた。黒いガウンに身を包み、手には杖。まさに疲労困憊。おそらくガウンの下は、赤いビキニのままではないか。そのまま彼女は、サポートする仲間とともに21時54分発の東京行きの新幹線に乗り込んでいった。

【フォト】ビキニフィットネスに出場した約100人、全選手の全身フォト掲載

9/9・10に栃木県総合センターで行なわれた、身長別フィットネスの日本一決戦「オールジャパン・フィットネス・チャンピオンシップス」。ビキニフィットネスの年齢別クラス、身長別クラスで安井は2冠を達成した。すでに多くの報道でご存知の方も多いだろう、彼女は大会3週間前にジムのロッカーから15kgのトレーニング器具を落下させ、左足親指の足を粉砕骨折。

結果として優勝したが、医師やトレーナーの懸命な治療、本人の強い意志をもってしても元通りには時間が短すぎたか。やはり“いつもとは違う”感は拭えなかったのが正直なところだ。

左足をかばった歩き方をしているのは確か。比較審査にて後列でフロントポーズで待機している際、基本的に左手を腰に、右腕を流す安井が、この日は頻繁に左右の腕を入れ替えていた。痛みをこらえているのか、負担を軽減させるためなのか、あるいは無意識なのか……それはわからない。

そんなステージの後なのだから、本来であればすぐにでも着替え、負傷箇所の治療にあたりたかっただろう。だが、彼女にとって大切なのは自身の回復よりも、ファンの前に笑顔の姿を見せることだったのかもしれない。ロビーに現れた彼女は、時間が許す限り記念写真などに応じ、交流を楽しんでいる様子であった。その結果、着の身着のままで新幹線に乗ることになったのだろう。

「このステージに上がることができただけで、もう感謝です。全国で応援してくださるみなさんと一緒にステージに立ちたいと思っていました。みなさんに後押ししていただき、最後の最後まで、2日間を戦うことができました」

笑顔でそう話してくれた安井。

なぜ、彼女はそこまでしてステージに立つのか。ビキニフィットネスをはじめとするボディメイク競技は、語弊がある言い方だが、いくつになっても続けられる競技である。一度休んだとしても、その後に復帰して輝かしい姿を見せる選手はこれまでにも多数いる。

女王として休むことが許されないプレッシャーなのか、世界選手権優勝という目標に向けたアスリートとしてのプライドなのか……さまざまな思いを巡らせながら彼女に問い掛けてみた。

「今回のケガによって、トレーニングが大好きになりました。明日できなくなるかも……と思ったら、『あと一回』をすごくがんばれるようになったんです。ビキニという競技をもっと好きになって。今までは“負けられない戦い”ばかりでしたが、『やっぱり私はステージに立つのが本当に好きなんだ』というのにあらためて気づきました」

好きだから、楽しいから。なるほど、女王の源はシンプルだった。

来週は……と言いかけたところで、それが愚問であることに気づいたが、彼女は続けた。

「はい、(三重県伊勢市で行なわれる)フィットモデルのオールジャパン選手権に出場します。足が大丈夫なら、ですけどね」

今回の負傷は、当然本人の不注意によるものである。だが一方で、「周囲の選手にもチャンスを」という神様の悪戯ではないかと思っていたが、それもまた違った。安井をより高みへ導くための、神が与えし試練だったのかもしれない……と今は思う。少なくとも彼女は、「ケガによって失うものもありましたが、メンタルも強くなり、気付けたこと、得るものも大きかったです」と、後ろを向くことはない。

『過去を嘆く今ではなく、今を変えようとする未来への意思が重要だ』

負傷した日からの経過をつぶさにブログに綴り、ドクターストップがかかりながらもキラキラと輝く笑顔でステージに立った彼女の姿を思い出し、とあるドラマの一節が頭をよぎった。

「今年の安井なら世界一になれるぞとみなさんに思ってもらえるような姿を、またお見せします」

10/8(日)、この日の各階級の上位入賞者によるビキニフィットネス真の日本一決定戦「フィットネス・グランドチャンピオンシップス2023」のステージで、壁を乗り越え、進化したその姿を見せてくれるはずだ。

取材・文・写真/木村雄大