ユース世代の選手とともに世界への切符をつかんだ45歳の谷口亜翠佳。その前向きさ、向上心を支えたのはさまざまな出会い、そして母と過ごした忘れられない日々だった。
【動画】谷口選手のトレーニング、型演武、インタビューを収録したスペシャルムービー
28歳でフルコンタクト空手の道に足を踏み入れ、45歳にして日本代表の座を射止めた谷口亜翠佳。その日常はめまぐるしい。
週の大半を占める道場での指導は子どもからビジネスマンまで幅広く担当。帰宅が深夜になることも少なくない。昼間は支部の事務仕事をこなし、休日も大会などのイベントに参加することがある。自身の稽古、筋力トレーニング、体のケアや治療などはその合間を縫って行なう。時間を節約できるよう、移動には原付バイクを使っている。
つねに体を動かしているため、疲労の蓄積でつらくなることもある。だが、谷口はいつでも明るく元気だ。その笑顔は道場全体のムードづくりにも大きく貢献している。
道場以外でも、そのキャラクターは変わらない。初動負荷トレーニング®のジムに同行すると、谷口を待っていた白木原しのぶヘッドコーチの顔がぱっと輝いた。出会って半年ほどの二人だが、長年の友人のように雑談を交わす。トレーニング中は真剣な表情になるものの、インターバルの時間はやはり谷口が場を盛り上げる。こうした切り替えもハードスケジュールを乗り越える秘訣の一つなのかもしれない。
元プロ野球選手のイチローをはじめ、さまざまなアスリートが取り組んできた初動負荷トレーニング®は、特殊なマシンを使うことでスムーズな加速や関節可動域の拡張といった効果を生み出す。白木原コーチは谷口の体の状態や試合までの期間などに合わせてメニューを組み、ときどき手を加えて刺激を変化させる。このトレーニングを続けることで「体の中で明らかな変化があった」と谷口は言う。
「瞬間的な手足の伸び、可動域、技を止める瞬間の動作など……外からはわからないかもしれませんが、0.1秒、0.1mmの感覚が自分の中ですごく心地よくなっています。マニアックな表現ですが、体の中の筋線維がきゅっと締まるのが感じられるようになった気もします」
前編でも触れたように、型の日本代表選抜戦と同じ日、谷口は組手部門のトーナメントでも優勝を収めている。その決勝で技有りを奪った上段廻し蹴りを繰り出した瞬間、トレーニングの成果を体感した。
「今までだったら余計な力が入っていたので、技有りは入っていなかったと思います。今回は足を上げようと考えることもなく、瞬間的に蹴りがぐんと伸びるような印象がありました。まさに初動がスピーディで、蹴った瞬間に“おっ!”と思ったほどでした。型に特化したトレーニングをしていたんですが、それが結果的に組手にも影響したと思います」
トップレベルの戦いになるほど、一瞬の動作や筋力発揮能力が決定的な差を生み出す。じつは一連のフィジカルトレーニングには小井師範のこんな戦略があった。
「型のキレを生み出すポイントを初動と終動と見てみたんです。前者は初動負荷トレーニング®、後者はチューブトレーニングで養おうと。そこに可動域の延伸と。さらに基本的な筋力を高めることでスピードを上げることができます。彼女の年齢と限られた時間の中で自分の可能性を広げ、最短距離で成長する条件を整える。そして、自分はやれることを全てやり尽くしたんだと思えるようにしてあげることが大事だと思っていました」