バズーカ岡田こと岡田隆が11月、“世界最大のドラッグフリーコンテスト”と言われるWNBF(World Natural Bodybuilding Federation)プロボディビル世界選手権のマスターズクラスで優勝し、話題を呼んだ。しかしその裏で、同大会のビキニ部門のマスターズクラスのアマチュア戦&プロ戦も制した日本人選手がいたのは、あまり知られていないだろう。
水野美穂、40歳。
ほんの数年前までは「ガリガリで、お尻が垂れてるのがコンプレックス。お尻を隠さないと水着なんて着れなかった」という、ごく普通の保育士だった。
大阪から世界へ、わずか4年の激動
きっかけは、平凡なものだった。流行りのパーソナルトレーニングをやってみたい、ちょっとだけ体が変わればいい。言うなれば、関西人らしい軽いノリである。
「お尻をちょっと上げたいなって、それだけです。筋肉をつけたくないって思っていたし、筋肉で体重が増えるのも嫌。きついトレーニングもしたくない。学生時代はソフトテニスやバトントワリングをやっていたので、運動は好きでしたけどね」
ところが、転機はすぐにやってきた。トレーニングをはじめて数か月、せっかくなら何か目標が欲しいとボディコンテストに出ることに。
「最初はトレーニングウェアを着てステージに立つカテゴリーでした。でもそこで、キラキラと輝くビキニの選手を見て、『あれが着たい!』って。もうそのときに『次はあれに出ます!』って宣言していましたね(笑)。自信があったわけではないですが、垂れていたお尻もその頃すでにかなり変わっていたし、SNSでも筋肉がついて絞れている他の選手を見て、『ビキニを着こなせる体になりたい』とあっという間に火が着いていました」
めまぐるしく変わっていく人生。
めまぐるしく変わっていく価値観。
初年度から上位入賞をはたし、壁にぶつかり思うような結果が出ない時期があった中で、2022年からは現在の主戦場となるANNBBF(全日本ナチュラルボディビルディング連盟)の大会へ移ることに。保育士をやめ、好きだったトレーニングを職にすべく、パーソナルトレーナーとしての活動をはじめた頃だった。このコンテストを知ったのも、働くジムのオーナーの縁で、ANNBBF代表理事であり兵庫県のジムを拠点に活動する井上大輔氏と出会ったことにある。
環境を変えたことで新たな水を得たその花は、大きく咲くチャンスを得る。
2022年のANNBBF全日本ボディビルディング選手権で優勝。その年のWNBF世界選手権は予選落ちに終わるも、2023年は全日本を連覇。世界の舞台でも、上述の通りマスターズクラスのアマチュア戦及びプロ戦を制した。
いち大阪の保育士が、4年で世界で戦うプロビキニ選手に。信じられないシンデレラストーリーである。
他人軸ではなく自分軸で人生を歩む
とんとん拍子に進んだストーリーに見えるが、当然、常に右肩上がりで進んできたわけではない。
「大会出場して2、3年目は下から数えたほうが早いくらいに順位が落ちました。原因は明確で、その頃に長くお付き合いしていた方と別れたんです。もうメンタルもボロボロで、どんどん絞れなくなってしまって。やっぱり、そういうのは体に素直に影響が出るんだと実感しました」
ただ、そこで落ちていかないのが彼女の強さであり、いまこうして世界で戦えるビキニアスリートになった所以である。心身の変化を受け入れつつ、高みへ導くための気づきへと昇華させていった。
「今まで、他人を軸にした人生を歩んでいたんだと気づいたんです。この人ありきの私だなって。それよりは、自分を軸にして人生を考えようと。自分が好きなことをして、とにかく楽しくがんばる。それが私にとってはトレーニングだったので、そういう方向に意識や考え方を変えていったことにより、もう全部が楽しくなっていきました。人に振り回されないように、自分のメンタルが強くなったきっかけになりました」
そんな彼女のことを、所属団体の理事として見てきた井上氏も「ザ・アスリートの思考を持っている」と評する。
「真面目でストイックですよ。私自身はトレーナーとしてさまざまなスポーツのアスリートをみていますが、彼女の腹のくくり方はまさに彼らと同じ。ボディメイクは競技でありつつもファッション的な要素もあるので、スポーツ選手のような考え方で取り組める選手ばかりではないと思いますから。ボディコンテストに出る選手を多く見てきましたが、一番プロ意識が高い選手だと思います」(井上氏)
いち保育士が、いちトレーニーになり、いちアスリートへと進化してきた。“ナチュラル”と名のつくこの団体で彼女は、これからも高みを目指していくと誓う。
「さまざまな団体がある中で、正々堂々と自分の体で勝負し、忖度なしに評価してもらえるのは素晴らしいこところだと思います。去年、世界選手権で予選落ちしましたが『これなら日本人でもいけるかも』って思えたんです。実際にアジアの選手が入賞していましたし、きちっとした日本人の性格なのか、客席からステージを見てもポージングは日本人のほうが上手だと感じました。そのときから、日本で勝つことが目標ではなく、世界で勝つことを目標にもっていくようにしました」
さらに言葉に熱を込めて続ける。
「今年は世界大会で優勝してプロカードも獲得できましたが、心はまったく満足していません。まだ自分の中でプロの自覚を持てていないですし、プロになれていることを自分で認めてあげられていないことも多くて。外側はプロになった自分がここにいるけど、内側にいる本来の自分はまだそこに追いついてない。内と外でかけ離れています。この1年は、その差を埋めて、本当の意味でプロカードを持った自分に辿り着けるように心身を鍛えていきたいと思います」
最後に、「自分にとってビキニとは?」と聞いてみた。
「その人の美しさと強さ、すべてが入っているもの。女性美の究極体だと思っています」
40歳女子、その進化はまだまだ通過点。目指すべき究極体へ終わりはない。