1980年代のテキサス州・ダラスで一大プロレス帝国を築き上げたエリック・ファミリー。その盛衰を実話ベースで描いた映画『アイアンクロー』が4/5(金)より全国公開される。
エリック・ファミリーとは、50年代から80年代にかけ悪党レスラーとして一世を風靡し、日本ではジャイアント馬場さんやアントニオ猪木さんとも闘った“鉄の爪”フリッツ・フォン・エリックを家長にしたプロレス一家のことである。
父の期待に応えるように、ケビン、デビッド、ケリー、マイクら息子たちも次々とレスラーデビュー(末弟クリスは映画では描かれない)、アメリカマット界に多大な影響を与えることとなった。と同時に、家族が次々と不幸な出来事に見舞われ「呪われた一族」とも形容された。栄光と悲劇、その両方がプロレス界の伝説になっているのだ。
映画『アイアンクロー』は、思った以上の“プロレス映画”だった。当然と言えば当然だがプロレスにまつわる場面が多い。試合シーンとともに細部にまで当時の雰囲気が再現されているのだ。つまり、彼らの時代をリアルタイムで体感してきたプロレスファンが見て納得できるのである。それでいて、プロレスやエリック・ファミリーを知らなくてもまったく問題ない。むしろ、重厚な人間ドラマとしても見応え十分なのだ。
映画は、次男ケビン(長男は6歳で事故死)の視点で語られる。そのケビンを演じたのが『ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー』や『グレイテスト・ショーマン』などで人気のハリウッドスター、ザック・エフロンだ。これまでとは一線を画す役作りが撮影段階から話題になっており、見事にビルドアップされたボディーは現実のケビンを超えてしまったのではないかと思えるほど。というのも、ケビンは主要3兄弟の中でもっとも細身のレスラーだったからだ。
とはいえ、本作の主役はケビン。だからこそ肉体美でも最も説得力を持たせる必要があった。ザック・エフロンは『ベイウォッチ』にて“ザ・ロック”ドウェイン・ジョンソンとライフガード役で共演をはたしており、コメディでありながらそのときの経験が参考になったのかもしれない。
父エリックがはたせなかったNWA世界ヘビー級王者の夢。その夢を息子たちに託し、エリックは地元にプロレス団体をつくりプロモーターとしてNWA王者を招聘、息子たちに対戦のチャンスを与えていった。
息子たちは父を愛し、教えを守った。ケビンには兄弟をまとめる責任があり、レスラーとしてはライバルとなる弟たちの猛追に嫉妬もした。そんな中で次々と襲う悲劇……。
一家の代名詞でもあり映画のタイトルにもなっているアイアンクローとは、エリックの名声を象徴する必殺技だ。強靭な握力を武器に相手の顔面や腹部を握りつぶす単純な技だが、この痛みは誰にでも伝わり、かつわかりやすい。これがそのままファミリーを象徴する技になったと同時に、息子たちには重圧にもなったのではないか。そもそもアイアンクローとは、ヒールがやるからこそ迫力が倍増する。息子たちはアイドルレスラー的存在で人気を博したため、アイアンクローが似合っていたかと言われれば決してそうではないだろう。
映画では少年時代のケビンがふざけて父にアイアンクローを仕掛け、デビッドがデビュー戦でアイアンクローを駆使し勝利を得る。オリンピック出場を断念したケリーはレスラーデビューを命じられ、自宅のリングで父からアイアンクローを伝授される。映画で描かれるアイアンクローが、まるで呪文のような役割を果たしているのである。
とはいえ、彼らが本当に呪われていたかは誰にもわからない。映画でも、あえて解明されることもないし正解も示されない。しかしながら時代の流れととともに呪縛からの解放が希望とともに示唆される。当時はWWF(現WWE)の全米侵略が着々と進行しており、テリトリー制のプロレスは衰退。エリック派のダラスも例外ではなく、むしろその代表格だったと言っていい。ケリーのWWF参戦はその予兆でもあったのだ。この作品はまさしく、古きよきアメリカンプロレスへの鎮魂歌。作品としても数々の映画祭で受賞&ノミネートをはたしており、ナショナル・ボード・オブ・レビュー・アワードではザック・エフロンをはじめとする演技陣がベストアンサンブル賞を受賞、今年のアカデミー賞を席巻した『オッペンハイマー』などと並び、本作がトップ10フィルムズに選出されている。
プロレスファンにも映画ファンにもおすすめできる『アイアンクロー』。神話に昇華した伝説……エンドクレジット後の余韻を味わえる映画でもある。