美ボディクイーンの原点はダンス 元B’sGirls・千原由理奈、走り続けた有言実行の日々【千原由理奈(前編)】




「小さい頃から目立つのが好きで、ひとつ目標を決めたら突き進むタイプでした。やるって決めたらとことんでしたね」

そう語るのは現在25歳の千原由理奈さん。ボディコンテスト団体『SUMMER STYLE AWARD』(サマスタ/SSA)のプロ選手だ。今でこそフィットネス漬けの日々を送る彼女だが、2021年まではオリックス・バファローズの球団公式ダンス&ヴォーカルユニット『B’sGirls(ビーズガールズ)』に所属するダンサーだった。

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ダンス仕込みの表現力は圧巻で、コンテストでは観客を魅了するステージングを披露。その魅力はダンス、フィットネスともに高いレベルを極めたからこそのものだろう。目標に向けて突き詰める力はどこから生まれたのか。ストイックにトレーニングに打ち込む、千原さんのハートをつくった歩みに迫った。

つねに未来を見続けた学生時代

小学校から空手を習い、全国大会で入賞をはたすほどの腕前だった千原さん。「ひたすら努力を積み上げてきた感じでした」と話すようにかなりの熱量を注いでいたが、ある日見たダンス&ボーカルグループ・EXILEのパフォーマンスに心を打ち抜かれダンサーを志すようになった。単なるあこがれではなく、「なりたい」という明確な夢がこの時できた。

しかし、岡山県の実家付近にダンスを習う場所は皆無。中学校ではリズム感を鍛えるために吹奏楽部に入った。毎日EXILEの映像を見ながら見様見真似で踊り、高校はダンスの強豪校への進学を目指した。

「中学校に入る前、小学6年生くらいの時には行きたい高校を見つけていたんですよ。ダンスが強くて世界大会に行っているような学校だったので、そこに入ってダンスでアメリカに行こうって。目標はずっとブレなかったですね」

念願の志望校に合格した彼女は、まさにダンス漬けの高校生活を送った。平日は朝、昼、夕の三部練、休日ももちろん練習だ。入部当初、大勢いた同期はみるみるうちに減っていったが、千原さんは食らいつき上級生に。ついには高校3年生の時、夢だったアメリカのステージに立った。

「しんどい時もあったけど、そこを乗り越えたからこそ今があるんだなって。挑戦の連続が積み重なって、目標を叶えられたのかなって思います。高校時代の経験は私の宝物です」

小学6年の時点で高校を選んでいたエピソードが象徴するように、つねに先を見て行動するタイプだった。高校卒業後の進路ももちろん決めていたが、将来に一抹の不安を感じ始めていた。

「高校を卒業した後は大阪に出て、ダンスの専門学校に通いたいと思っていました。でも、将来を考えたらダンサーで生きていくのは無理だって親にも言われましたし、自分でも本当に一握りの人しかなれないってわかっていました。体育の先生や警察官などいろいろ進路を考えたんですけど、やっぱり好きなダンスを諦められなくて、がんばることを決めました」

覚悟を決めて大阪に出ると、可能性を見出すために何でもトライした。ダンスはもちろん演劇、ミュージカル、テレビ出演など、すべて自分の力にしようと専門学校の2年間を全力疾走した。

当時の千原さん

「歌が苦手だったので、ミュージカルはきつかったですね。ただ、やるからにはトップを狙う精神でした。1年生の時は先輩がすごくて主役になれませんでしたけど、2年生の時に大ホールの公演で主役をもらいました。2時間半くらいの台本を全部覚えたり、発声からしっかりトレーニングしたり、いろいろなことを経験できました」

苦手もすべて力に変え、自分を磨いて叩き上げた千原さん。そんな日々を過ごした先にあったのが、B’sGirlsのオーディション合格だったのだ。当時を振り返って彼女は「大阪に出てきて、死ぬ気でがんばった2年間を過ごしてよかったなって。努力が全部つながった瞬間でした」と語る。

念願だったダンサーになる夢を叶えたものの、ここから大きな人生の転機を迎えるのだった。

(後編に続く)

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