映画『家出レスラー』でプロレス指導 俳優をプロレスラーに変えた朱里のトレーニング




スターダムの女子プロレスラー、岩谷麻優の半生を描いた映画『家出レスラー』が全国で公開中だ。この作品にはスターダムのプロレスラーが多数出演。しかし、基本的にプロレスシーンを演じるのはプロレス経験のない俳優たちだ。そんな俳優たちにプロレス指導を行なったのは、この映画で岩谷マユ(平井杏奈)のライバル・羅月を演じた朱里である。

左:羅月(朱里演)、右:岩谷マユ(平井杏奈演)

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元ワールド・オブ・スターダム王者の朱里は、プロレスラーであると同時に総合格闘技の経験も豊富。UFCにおいて日本人女子として初の勝利を収めた選手でもある。また、彼女はもともと芸能志望で、俳優になることを夢見ていた。それだけに、映画初出演となる『家出レスラー』は夢の実現でもあったようだ。

「最初はレスラー役で出てほしいとのオファーで、そのときに、『もしかしたらプロレス指導もしてもらうかもしれないけどいいですか?』とのお話があったと思います。自分は小さい頃から女優さんになりたかったから、すごくうれしかったですね。それに、自分の経験も活かせるならぜひお願いしますということでやらせていただきました」

出演者として、またスタッフとしても参加することになった朱里。プロレス監修および指導も行なうと決まったところから、練習メニューを考える日々が始まった。まずは主演に決まった平井をはじめ、レスラーを演じる俳優たちに基本的な運動、筋トレメニューの動画を送り、実際の練習が始まるまでにできるようになってほしい動きを伝えることにした。その後すぐにスタッフミーティングが行なわれ、意思を統一。このとき、朱里はプロレス指導がいかに大役かを知ることとなる。

「こんなにたくさん関わらせてもらうのかと思うと、よりいっそう下準備に忙しくなりましたね。プレッシャーも大きくて、痩せてしまったくらいです(苦笑)」

まずは岩谷を演じる平井の指導からスタート。プロレス初心者に教えるイメージで始めたのだが、ここでいきなりつまずいた。

「平井ちゃんが両足をつってしまって、これはヤバいと思って、ぶっちゃけ、(練習方法を)考え直さないといけないと思いましたね。ただ、これによってもっともっとレベルを下げたほうがいいとわかりました」

その後、マユと同期のライバル・東子を演じる木村有希(ゆきぽよ)らが合流。劇中さながらの合同トレーニングが始まった。とはいえ、彼女たちはレスラー志望者ではなく、作品内でレスラーを演じる俳優だ。プロレス自体知らずに役を得た人もいるだろう。それだけに、練習生に教える以上の注意が朱里には求められた。

「まずはケガをしないのが一番。危なくないように、少しずつ少しずつやっていきました」

もしもケガをしてしまったら撮影スケジュールに影響する。長引くようならば、その俳優の出演自体がなくなるかもしれないからだ。

「動くことに慣れてきてから、ちょっとした筋トレやマット運動、受け身の仕方やロープワークの流れとかをやっていくようにしましたね。具体的には、腿を上げて腕を振って早くダッシュする。そこからその場でジャンプしてバービーに移る。それを自分と一緒に1分間。それを2ラウンドやって、ヒザ付きの腕立て伏せや腹筋など基礎の筋トレをやります。その後、両手でマットを叩きながら背中をマットにつける受け身の練習。前に受け身も取る練習もして、簡単なマット運動。さらにロープワークの練習もします」

映画だからといって、演じる場面だけの練習、稽古をするわけではない。どんな場面を演じるか決まっていなかったこともあるが、大切なのはプロレスとはどういうものか知ってもらうこと。まずはこれらの動きができなければ、プロレスの場面は演じられないのだ。また、実際にはレスラー&練習生役でありながら試合場面、アクションシーンのないケースもあった。それでもプロレスの練習は行なった。レスラーを目指す人の気持ちを体で理解してもらうことが必要だったのだ。

その後、各自が演じる場面の構想が定まってくると、そのシーンを想定した練習を加えていく。また、プロレス指導はひとりだけではなく、準主役級の向後桃や、壮麗亜美、星来芽依、水森由菜にも手伝ってもらった。

「徐々にですけどみんなどんどんよくなっていって、練習はきついけど楽しいと言ってもらえるまでになりました。安川惡斗イメージの巨瀬川を演じた都丸紗也華ちゃん、美闘陽子イメージの御堂晶を演じた根岸愛ちゃん、紫雷イオイメージの紫炎リオを演じた平嶋夏海ちゃん、マユと同期の佐藤シオを演じた小坂井祐莉絵ちゃん。そして、世IV虎イメージの東子を演じたゆきぽよちゃん、岩谷麻優の平井杏奈ちゃん。撮影のときは大丈夫かなと見ていて不安だったんですけど、みんなすごく成長してて、カッコよく決めてくれたりして、感極まっちゃいましたね…(涙)。ホント、こうして一つの作品が出来上がったのかと思うと今でも涙が出てきて、すごい感動というか。舞台あいさつしたときも、出ていった瞬間に泣きそうになりました」

マユ役の平井杏奈がだんだんホンモノの岩谷麻優にしか見えなくなってくるのも、朱里からのトレーニングによる成長過程と並行している。はじめは何もできなかったという平井が岩谷マユとなり、クライマックスでは朱里演じる羅月と堂々の勝負。さすがに大技シーンは現役レスラーによるスタントとはいえ、そこは映画のマジックで違和感は皆無である。

こうして出来上がった『家出レスラー』のプロレスシーン。「まずはプロレスファンになめられないこと」がプロレス関連の場面では最優先された。そのうえで、ひとりの女性の人生逆転ドラマとしても見応えのある作品となった。それはまた、いつの時代にも通じる普遍的な物語である。

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