薬を使って世界一になれる選手は、ナチュラルでもトップになれる限られた選手【ドーピング問題を考える/バズーカ岡田】




世界を争う遺伝子の戦いは熾烈

――少し本質的な話からは逸れますが、ドーピング問題を考える上で、情報発信というのは非常に大切であると感じています。われわれもトレーニングや健康を主題にするメディアである以上、その責任があると思っています。日々情報を発信する岡田先生としては、どのようなお考えでしょうか。

「イスラエルでの研究生活を始め、私が海外での経験を通して感じたのは、メディアの中立性やジャーナリズムというところが、日本のボディビル・フィットネス界隈は弱すぎるということです。例えばですが、アメリカのトランプ元大統領。多くの日本国民が彼のイメージを持っているはずですが、ほとんどの日本国民はトランプ氏に会ったこともありません。メディアが彼のイメージを私たちの脳内につくっているわけです」

【第6回】ミスターオリンピアがナチュラルボディビルを奪いにきた?

――その通りだと思います。

「私たちの脳内のイメージは、メディアでつくられていくものでもあります。全ての物事を直接見ること、知ることなどできないのですから、仕方ないものです。政治の世界ではプロパガンダがありますから、メディアによる洗脳を理解している人もそれなりにいることでしょう。しかし私は、スポーツに関してその重要性をあまり考えることができていませんでした。

2022年にIFBBエリートプロ側の世界選手権に行って思ったのですが、大会結果の報道はもちろんありがたいのですが、ドーピング検査がなかったことなどもっと深掘りして報道すべきではないのか? そうでないと、尿検査を受けて日本代表になった選手は不利な状況で戦い、その結果、その順位になっている可能性があるということが伝わらない。日本はボディビルでは世界で勝てない=筋トレをしても外国人のような体にならない、という劣等感を植え付けられる、とさえ思います。こうした世界の事情を日本のメディアはもっと発信していくべきだと感じました。真実を伝えるジャーナリストとして、もっと踏み込んで報道してほしいと思います」

――もっと踏み込んだ情報発信をしていければと、身が引き締まります。

「もちろん、メディアに頼らずともYouTubeで各自が発信できる環境になってきているので、そこも有効活用したほうがいいとも思います。やはり世界のボディビル事情というのは日本にはなかなか届かない。世界はドラッグボディビルダーばかりでナチュラルボディビルダーなんていないなんていう印象も、そうした情報発信の少なさが生み出した認識ですから。イスラエルやWNBF世界選手権に行って、海外=ドラッグボディビルというのは誤ったイメージであることがわかりましたから」

――ありがとうございます。これからも岡田先生はさまざまな情報を発信されていかれると思いますが、最後に、この記事を読んでいる読者、ボディビル・フィットネスを取り組んでいる方々へメッセージをいただければと思います。

「まずドーピングに関しては、私は当然やらないほうがいいと思っています。もちろん、ドラッグボディビルで優勝したい、そこに人生を懸けている人は世界中に存在しますし、それをかっこいいと感じる人の価値観を否定はしません。私はアーノルド・シュワルツェネッガーに憧れてトレーニングを始めましたし、ロニー・コールマンも大好きでした。何がなんでもその世界の頂点を目指すというのは、ホモサピエンスのオスとして好ましい衝動なので、そういう人の気持ちも理解できます。ただし、ルールに違反しない範囲というのが大前提です。

しかし一方で、現実問題として、ほとんどの人は世界一にはなれないんですよ、残念ながら。世界一になれる才能がある人間というのは、おそらく薬を使わずに鍛えていてもかなりすごい体になれる人です。そういう人たちがドラッグに手を出すことではじめて、世界一の座を獲得するかもしれない体になるというのは、長年さまざまなボディビルダーを見てきて思います。私の周りにも薬を使ってちょっとデカくなった選手が確かにいましたが、はっきり言ってたいしたことはない。薬を使ってすごい体の選手は、薬を使わなくても十分にすごいんです。世界レベルの遺伝子の戦いというのは、私の経験上、本当に熾烈なものですから。

なので、ナチュラルとしてたいした実績も経験もない中で『もしかしたら自分も世界一になれるかも』という根拠のない期待を持って、体を蝕んでしまう可能性のあることは絶対にしないほうがいいと思うのです。合理的ではないのです。まずはナチュラルで限界までやってみて、自分の遺伝子を見極めた上で、そこからどうするかを考えたほうがいいと伝えたいです。やってもいいと言っているわけではありませんよ(笑)。ちなみに私レベルの遺伝子では、ドーピングする価値はないと思っています」

――薬を使うということは、自分だけでの問題ではなく、必ず周囲にも影響を及ぼすという考えもあります。

「その通りです。検査のない大会だし自分一人でやっていて誰にも迷惑をかけてないと思っていても、意外といろいろな人に影響を与えているということを認識しなければいけません。健康を気にかけて大切に育ててくれた家族、信じてくれている友達、など。『実は薬を使ってつくった体なんだ』なんて、皆を裏切るようですし、情けなくて私は嫌ですね。あるいは情けないからと言って、薬を使っていることを隠すのは卑怯者がすること。薬を使っていることを隠して人にトレーニングを教えたり、耳目を集めてお金を稼ぐなんてとんでもない。そんな人間になりたくないですし、私の周囲にいる若い人たちにもそうはなってほしくない。体を壊す云々以前に、人に対して誇れることをしていると思えないことは、やらないほうがいいと思います。心を健やかにトレーニングに取り組んでほしいと思います」

(了)

インタビュー/木村雄大

【PROFILE】

岡田隆(おかだ・たかし)
1980年、愛知県出身。日本体育大学教授。博士(体育科学)、理学療法士、骨格筋評論家「バズーカ岡田」。東京大学大学院満期退学。元柔道全日本男子チーム体力強化部門長として、全階級メダル制覇(リオ五輪)、史上最多金メダル5個(東京五輪)に貢献。実践に基づく研究を信条としており、究極の実践としてボディビル競技にも挑戦している。日本ボディビル・フィットネス連盟(JBBF)主催の第34回日本マスターズボディビル選手権大会 40歳以上級優勝(2022年)、ゴールドジムジャパンカップ2022 ボディビル75kg以下級優勝などのほか、2023年はWNBFプロボディビル世界選手権 マスターズクラス優勝を達成。相澤隼人(日本男子ボディビル選手権3連覇)、五味原領(日本クラシックフィジーク選手権優勝、IFBB世界選手権クラシックボディビル168cm以下級優勝)らを輩出した日本体育大学ボディビル部の顧問も務める。『70歳からの人生を豊かにする 筋トレ』(高橋書店)、『世界一細かすぎる筋トレ図鑑』、『世界一細かすぎる筋トレ栄養事典』、『世界一細かすぎる筋トレストレッチ図鑑』(以上、小学館)など著書多数。
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