人はいつからでも輝ける 歴史を変えた56歳・荻島順子、フィジーク女王として挑む決意のシーズンを語る




物事を始めるのに遅すぎることはない。56歳を迎えてなお輝く荻島順子の姿を見ているとそう感じる。2023年、彼女は鍛え上げた筋肉美を競う女子フィジークにおいて、国内最高峰の大会である日本女子フィジーク選手権大会で初優勝。一躍、時の人となった。

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学生時代には陸上競技、社会人ではトライアスロンに打ち込んできた荻島は、2021年に女子フィジークデビュー。コンテスト選手の登竜門であるマッスルゲート新人戦に出場すると「すごい新人が現われた」と注目を浴びた。その後はメキメキと頭角を現わし、日本のトップ戦線を争う選手へと成長を遂げた。

「それまでただの主婦だったので、競技を始めてからここまでは本当に激動でした。今は体づくりのために食事にも気を遣っていますけど、前は子どもの栄養のことしか考えていなくて、自分のことは二の次だと思っていました。トレーニングや体づくりをつねに考えるようになって、生活がガラっと変わりましたね。健康的になって風邪を引かなくなりましたし、メンタルも前向きになりました」

いたって普通の主婦だった荻島。競技との出会いで人生が変わった

本人が「嵐のように駆け抜けた」と表現するように、昨年は東京ボディビル選手権大会、ジャパンオープン選手権大会、日本クラス別選手権大会と国内の主要タイトルを軒並み制覇。ついには競技歴約3年で日本選手権の頂点に立った。しかも、同大会で過去4度の優勝を誇る女王・澤田めぐみを下しての日本一という快挙が注目を浴びた大きな理由だった。

澤田は荻島のパーソナルトレーナーであり、トレーニングを始めた当初からの師匠だ。そんなふたりの戦いにおいて、「澤田めぐみの連覇か、荻島順子が歴史を変えるか!」というアナウンスが響いた昨年のハイライト。「優勝は荻島順子!」とコールされると、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。荻島が歴史を変えた瞬間だった。

師匠である澤田と激戦を見せた

振り返ると、陸上やトライアスロンに取り組んでいた時代の最高成績は2位。なかなか優勝には手が届かなかった。フィジークの世界でも上位入賞はできても主要大会で優勝実績はなし。「私は1位にはなれない人なのか」と諦めの気持ちを抱くこともあったと言う。そんな中、初の優勝を経験したことが彼女の中で何かを変えた。

「1位と2位の差は責任の重さで、女王と呼ばれる以上は責任があるんだなってすごく感じます。本番で勝てるかどうかは日々の積み重ねの後からついてくるものなので、生活のあらゆる面から大会に向かっていく姿勢を持たないといけないなと、今まで以上に心に留めるようになりました。ただ、不思議と心に余裕はありますね。今までコツコツトレーニングを続けてきて、去年結果を残すことができたので、『これからも自分と向き合って、継続していけば大丈夫だ』っていう自信がついたのかもしれないです」

師匠である澤田からは、立ち居振る舞いやトレーニングに向き合う姿勢など、フィジーク女王としての心得も学んできた。なかなか理解できなかった師匠の教えも、今では本当の意味で理解できるようになった。

「澤田さんは私の師匠で、ずっとリスペクトしている存在です。いつも澤田さんがどうしているかを見て勉強させてもらっていますし、直接考えを話してもらうこともあります。昨年変わったのは順位だけであって、ふたりで歩んでいることも尊敬の気持ちも変わりません」

二人三脚で歩みを進めてきた荻島と澤田

そんな荻島の大会シーズンが間もなく始まろうとしている。初戦となるのは7月6日~7日に開催されるIFBBアジア選手権大会だ。その後も国内で階級別決戦の日本クラス別選手権大会(9月8日)、日本女子フィジーク選手権大会(10月6日)と大舞台に挑んでいく。そして年末には最大目標であるIFBB世界女子選手権大会(12月17日~19日)も控えている。真価が問われる女王としての初シーズン、荻島は己のすべてを懸けて決戦に挑む。

「大会が近くなったら『負けてはいけない』とかプレッシャーを感じるのかもしれないんですけど、なるべく平常心で挑みたいです。自分が日々やるべきことをやっていけば、絶対結果はついてくるので、それをやっていけばいいかなと思っています。自分の中で最高の体をつくって、最高のコンディションで挑んで1位じゃなかったとしたら、それはまわりの方がもっとすごかっただけなので、その時は何も気にしません。自分がやることをやるだけです」

昨年、IFBB世界フィットネス&ボディビル選手権の女子フィジーク163cm以下級では3位の成績を収めた。そこで得た経験と見つかった改善点は彼女をさらなる高みへと導いている。今シーズンのボディメイクのテーマは「世界で勝てる体」。ポイントは脚の太さプラス、上半身の厚みと広がりだ。

2023年のIFBB世界フィットネス&ボディビル選手権にて

「昨年の世界選手権で最初に感じた課題が脚と背中でした。帯同してくださった先生方からは『とくに脚だね』とアドバイスをいただいています。ヒザが悪くてあまり高重量で下半身のトレーニングができないので、重すぎない重量でなるべく効果的に効かせられるように試行錯誤しています。上半身はローイング系のトレーニングやチンニングなどで広背筋の下部に効かせることを意識して取り組んでいます。また、昨年は肌の質感が好評だったこともあって、今年はスキンケアにも力を入れています」

世界最高峰の舞台で優勝すれば、世間の注目を集めることができる。それは女子フィジークの魅力を伝えることにもつながると荻島は考える。単なる一競技者としてではなく、日本の女王として競技界全体への影響も意識するようになった。

「女性でもきちんと考えて、食事やトレーニングに一生懸命向き合っていればちゃんと筋肉はつくし、体をつくり上げられます。それを一番感じられるのが女子フィジークの魅力だと思っています。各部位の筋肉の発達度やバランス、脂肪の薄さが他の女子カテゴリーよりも評価されますし、表現力も大きな審査項目です。女性ならではの筋肉美を見せるという意味で、ビキニフィットネスやボディフィットネスとはまた違う魅力があると思います。女子の競技でフリーポーズがあるのは国内の女性個人カテゴリーだと女子フィジークだけなので、そこにも注目してほしいですね。私自身、今年は魅せるステージを体現できるように練習してきました」

かつては「自信がない」と口にしていたこともあった。しかし、今は違う。

「やるべきことをやるという意味では気持ちは変わらないんですけど、今年は何より、日本の女王として恥ずかしくない体でステージに上がれるように仕上げてきました。単なる目標ではなくて『チャンピオンらしい姿を必ず見せる』と決意しています」

人は何歳からでも輝くことができる。競技との出会いが心身を変え、「1位にはなれない自分」というコンプレックスすらも解き放った。積み上げてきた自信と女王の誇りは、もう揺らぐことがない。

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