大阪で行なわれた10月6日の日本男子ボディビル選手権後、3位になった刈川啓志郎が選手控室を後にしたのは全選手の中で一番最後であった。JADAのドーピング検査の対象となったこともあり、彼を支える仲間や会場外で待つファンの前に姿を現したのは、大会終了2時間後の21時半頃だったと記憶している。その後、難波あたりで仲間たちに焼肉を馳走になるという彼に別れ際、「次は、再来週の賞金で自分がおごってあげる番ですね」と言うと、「もしかしたら、出場辞退しようかなと思ってるんです…」と答えた。
【フォト】これが賞金300万円を獲得した深いカットが刻まれた脚だ
10月19日に東京で行なわれた「ジュラシックカップ2024」(合戸孝二&木澤大祐主催のボディビルイベント)で刈川は、日本選手権の決勝進出者も多数出場した最上位クラス「グランドクラス」で見事に優勝。「脚に『刈川』と刻まれている」と言われるほど深い筋肉のカットが見える大腿四頭筋の武器は、陰影がより濃く出る会場の照明と相まっていつも以上に存在感を発揮していた。
本人は積極的にSNSを更新するタイプではないため、その後どういう決断をするのか気になっていたのだが、グランドクラスに欠場者が出たため、もともと予定していたレジェンドウォーズ(レジェンド選手の推薦選手によるクラス)から変更して出場することが大会10日前に発表されていた。
「日本選手権では脱水症状もあったので、そこからコンディションを戻しながら2週間後にまた筋肉を張らせるのはちょっと難しいかな…と、あのときは思っていたので。ただ、指導いただいている鈴木雅さんやポージングコーチの吉田真人さんたちと相談しながら作戦を組んで、良い状態にもっていくことができました」
この日の審査員を務めた相澤隼人も「大会の中で非常に存在感があり、目立っていた。会場の違いやライティングの違いの影響もあるかもしれないが、日本選手権よりも良い仕上がりに見えた」と、自身のYouTubeでのコメントしている。また、コンディションの良さについて、大会の運営を担っているKENTOが本人に聞いた話によると「2.8kgほど体重を増やして臨んだ」とのことで、作戦成功といったところか。
もっとも、それを実現するにはフルパワーを出し切って臨んだステージの後である。メンタル的にも、かなりの負担があったのではないだろうか。
「バックポーズだったり、アブドミナルアンドサイのポーズだったり、コンディショニングだったり、日本選手権の時点で課題は明確でした。この2週間で改善できるところを一生懸命にやってきたので、自分の中で今日は及第点まで改善してステージに立てたのではないかと思っています。気持ち的には、日本選手権で負けて悔しかったというのと、そこで見えた明確な課題をすぐ改善したい強い気持ちがあったので、メンタル的にも問題はありませんでしたね」
今大会は、「ナチュラルボディビルで生活できる環境を作る」という合戸と木澤の強い思いが込められた大会ということもあり、グランドクラス優勝の賞金は300万。部分賞の脚の部の賞金と合わせて、総額310万円を獲得した。
「結果が何位だったとしても、賞金はいつも支えてくれている彼女と山分けにしようと決めていました。残りは家族や、雅さん、吉田さん、ちびめがさんへご飯をご馳走させていただいたり、何かプレゼントしようと思っています。こうして賞金をいただけて、音響などの演出などもある素晴らしい大会を開催いただき、木澤さん、合戸さんには本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
今大会をもって彼の2024シーズンの戦いは終わりとなる。2022年のボディビルデビュー以降、とんでもない速さで階段を駆け上がり、この日も「昇り龍」の異名にふさわしい活躍を見せた刈川。思えば、2022年に学生選手権2位になった時には「来年は優勝します」、今年8月の東京選手権後には「日本選手権ではファイナリストに入ります」と、常に有言実行を重ねてきた。
「来年は日本選手権で優勝します」
2週間前にそう言い放った男は2025年、どんな強敵が現れようと、その言葉を現実のものとしてくれるはずだ。