あの事故から8年… “帝王”たる所以を知る一冊「髙山善廣評伝 NO FEAR」著者に聞く【前編】




あの頃の濃密なドラマをちゃんと“名作”として今の時代に持ってくる

――取材をしていく中で特に印象に残ったエピソードは?

鈴木 PRIDEの藤田戦の話は、金沢さんは髙山側からも藤田側も取材をしていて厚みが出ましたよね。藤田選手側の髙山戦に向けてのメンタルであったり、その後の2人の関係性だったりというのは金沢さんでなければ知らなかったと思います。あとはNOAHで行なわれた小橋建太vs髙山善廣を、あの長州力が自ら日テレにチャンネルを合わせて見て、なおかつ「あの試合がプロレスを救った」と称賛したという話は、今になって小橋vs髙山の価値を高めますよね。本来、こうしたエピソードは金沢さんが自分の著書として出したほうがいいのでしょうけど、帝王のため、支援になるならと言って話してくれたので本当にありがたかったです。あとは佐々木健介さんの葛藤ですね。

――2006年7月に髙山選手が脳梗塞から復帰した際、当初パートナーを務める予定だった小橋さんの腎臓がんが発覚し、健介さんが代役となりました。しかし、健介さんは眼窩底骨折を隠しての出場だったという壮絶な話ですよね。

鈴木 髙山、小橋、健介という同学年3人の物語というのもこの本の中で書きたかったことでした。当時、「週刊プロレス」在籍時のリポートでも書いてはいたけど、そういう記事は時間が経てば忘れられるものですし、ましてや週刊誌は「1週間の賞味期限」と言われて流れていってしまうものですから。そうやって流れていってしまったものをもう一度掘り起こして、今の人たちにも伝えなければいけないと思いました。小橋さんの代役が決まった後に眼窩底骨折をして試合ができる状態ではなかったけど、お医者さんと妻の北斗晶以外には言わず、誰にもわからないように戦ったという劇的な試合ですよね。

――この本では健介さんにも取材をしていますね。

鈴木 あの時のことを回想した時は慎重に話していてギリギリのところでやっていたということだったんだけど、ひとたびその話が終わって昔の話になると、思い出すのが楽しくて仕方ないというくらいニコニコ顔で話してくれたんです。健介さんはプロレス界を離れて別の世界で頑張っているけど、あの人にとってプロレス界は故郷なんだなというのが伝わってきました。あの佐々木健介にとっても、それだけプロレスと髙山善廣が大きく残っているというのがすごく印象に残っています。

――本書であの試合のエピソードを読んで、試合後のバックステージで髙山選手が健介さんと肩を組んで「生きてるよ!」と叫んだシーンが蘇りました。

鈴木 あれは名シーンでしたよね。今はWebベースで日々情報が消費されていく時代ですから、あそこまで濃密なドラマはなかなか描けないじゃないですか。あの時代だったからギリギリ描けたもので、それを令和7年の今に持ってきたかったんです。あれから20年近く経っているので、今のプロレスを見ている人たちと文化も違うし、感覚も価値観も違う。そのなかでちゃんと“名作”として今の時代にもう一回持ってこなければと思っていました。

――2006年の出来事が2025年の今に蘇って時代をつないだような感じもありますね。

鈴木 確かにつなぐ作業でしたね。幸いというか、自分は至近距離で長く髙山善廣を追いかけてきたわけではないので、取材しているうちに発見や驚き、喜びがあって、何かしら感じるものがあって、それが本の中には詰め込まれていると思います。17人への取材もベーシックなことしか聞いていないと思うけど、ベーシックなものの集合体だからこそ、帝王の足跡が浮き彫りになっていると思います。

昨年9月3日に開催された「TAKAYAMANIA EMPIRE 3」にて久しぶりにファンの前に姿を見せた髙山選手(写真提供:カクトウログ)

――17人への取材、執筆を通して、鈴木さんの中で髙山善廣像に変化はありましたか?

鈴木 伝え聞いてきた人物像そのままだなと思いました。ただ、取材をしたことで改めて実感することもありました。たとえば「髙山善廣は人のせいにしない」という話は本当にその通りだなと思ったんですけど、今まではそういう話って出てきていなくて、今回の取材で出てきたものです。自分で責任を持って自分で実行して自分で実績を上げてということを何年もかけて積み重ねてきたからこそ、“帝王”になったんだというのがつながりました。人のせいにしないというのは簡単なようで難しいですよね。

――はい。人のせいにすると自分を守れてしまいますからね。

鈴木 この本を書いている時も、なかなか書けなくて「この仕事が急に入って…」みたいに人のせいにしてしまっていましたから(笑)。人のせいにしない人の話を書きながら、自分は人のせいにして、最初の奈津子夫人への取材から出版まで1年9カ月も要してしまったのは申し訳なかったです。

(後編に続く)

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