五輪金からプロレス転身 柔道・ウルフアロンの決断が話題になる理由【元週プロ編集長・佐久間一彦の視点】




東京オリンピック柔道100㎏級金メダリストのウルフアロン選手のプロレス転向が話題を呼んでいる。今回はこのビッグニュースについて、元週刊プロレス編集長で、現在は柔道マガジンの編集も手掛ける、VITUP! 編集長の佐久間一彦にインタビューを実施。両方の業界に精通する識者の見解を聞いた。

【フォト】ウルフ選手の試合写真 強烈な柔道技が炸裂

プロレス界への金メダリストの移籍は初

柔道から転身したプロレスラーといえば古くは木村政彦さん、坂口征二さん、90年代~00年代にかけては小川直也さんと、3人の全日本選手権優勝者がいます。そのプロレス界での活躍は言うまでもありませんが、ウルフ選手の実績はこのレジェンドたちをも上回ります。

ウルフ選手は全日本選手権、世界選手権、オリンピックの3大会で優勝する“柔道三冠”の達成者です。“柔道三冠”の達成者は誰もが知っている柔道家である、山下泰裕さん、斉藤仁さん、井上康生さん、鈴木桂治さんら歴史上8人しかいません。柔道のオリンピック金メダリストのプロレス転向も初、さらに“柔道三冠”達成者のプロレス転向は歴史的トピックと言っていいでしょう。

以前は柔道に限らず、レスリング、ラグビー、相撲などからオリンピアン、日本代表、横綱クラスのプロレスへの転身もありましたが、近年は大物アスリートのプロレス転身は少なくなっています。その背景としてはアマチュアスポーツでも国際大会に出場すれば億近い賞金が稼げる時代になっており、畑違いの業界に転身する必要がないからです。そうした中で実現したウルフ選手のプロレス転身は、彼が「プロレスが好き」だったことが影響しています。単純にお金を稼ぎたいのではなく、「いつか柔道をやりきったらプロレスをやりたいと思っていた」の言葉からもわかるように、プロレスへのあこがれを持っていたのです。

かつて、ミュンヘンオリンピックのグレコローマンレスリング日本代表からプロレス入りしたジャンボ鶴田さんは「全日本プロレスに就職します」と言って、プロレス界の門を叩きました。彼の場合は夢やあこがれではなく、あくまでも自分の能力を活かせる仕事としてプロレスを選んだ。鶴田さんに限らず、過去のアスリートのプロレス転身は、“仕事”として選んだケースが大半でした。ウルフ選手の場合、プロレス転身は、お金を稼ぐための仕事であると同時に夢へのチャレンジでもあります。「プロレスをやりたい」という気持ちの面で、かなりポジティブな印象を受けます。

プロレスデビューにあたっての期待

では、ウルフ選手はどんなプロレスラーになっていくのか? これは現時点ではまったく予想がつきません。“柔道三冠”のウルフ選手は単純な強さでいえば、新日本プロレスでもトップでしょう。ただ、プロレスは強さだけが求められるものではありません。強さを全面に押し出したスタイルで勝ち続けたとしても、ファンには支持されないことは明白。このあたりはプロレスをずっと見てきたウルフ選手なら理解しているはずなので、ファンのニーズを読み取りながらレスラー像をつくっていくことでしょう。

業界を取り巻く環境やファンの気質の変化は、ウルフ選手を後押しするものになると思います。昔のプロレス界では他競技で実績を残した選手の転身は、全面的に歓迎されるものばかりではありませんでした。プロレスファンの中に「プロレス最強幻想」が根強かった時代は、他競技からの転身者に対して「プロレスを舐めるな」と、シビアに見る傾向があり、ウェルカムではなかったのです。

しかし、今の時代は違います。近年のプロレスファンの気質としては、新しく入ってくる選手を歓迎する空気が強く、実際、ウルフ選手の新日本プロレス入団が発表されると、SNSでも歓迎する声が多数を占めました。ファンの後押しはウルフ選手にとって追い風になることは間違いありません。

ウルフ選手のデビューが予定されている2026年1月4日の東京ドーム大会で、長きにわたって新日本プロレスを引っ張ってきた棚橋弘至選手(現・社長)がリングを降ります。また、新日本プロレスは近年、オカダ・カズチカ選手、内藤哲也選手といったスターが団体を離れており、新たなスターを渇望しています。そうした団体を取り巻く環境的にも、抜群の知名度と実力を持つウルフ選手の存在は大きなものになっていくことが予想できます。プロレスの露出アップという面でも、ウルフ選手への期待は大きくなっていきます。

ウルフ選手が持つポテンシャルとプロレスへのポジティブな思い。ファンの気質の変化による後押し。新日本プロレスを取り巻く環境…。さまざまな面から考えて、ウルフ選手がプロレス界でも成功をつかむ可能性は極めて高いと思っています。

【写真は次のページ】ウルフ選手の試合風景