ストレッチはケガの防止やパフォーマンスアップだけでなく、メンタル面にも好影響を与えるという。パーソナルトレーニングにおいてもストレッチは重要な役割を担う。前回に引き続き、トレーナー歴15年のキャリアを持つ関守トレーナーに話を聞いた。

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ストレッチがコミュニケーションの機会になる
私は現在、プロトレーナーの草分け的存在である中野ジェームズ修一が最高技術責任者を務める会員制パーソナルトレーニング施設「CLUB100」で“トップトレーナー” の肩書を与えていただき、フィジカルトレーナー協会の事務局長や早稲田大学エクステンションセンターの講師といった立場も兼任させていただいております。クライアントのセッションを行なう中で心理的アプローチの重要性を感じ、心理士の資格を取得し今に至ります。
心理学を学ぶほどに感じたのは、ストレッチの有用性でした。ケガの防止やリラクゼーション効果はもちろん、一番はセッション継続のために効果的だったのです。
私のクライアントの中には、10年以上セッションに通ってくださっている方もいます。そういった方でも、ライフステージの変化にともない時間が取れなくなったり、週1回のセッションが負担になったりすることもあります。そういう時に、「今日は疲れていて、トレーニングはできないけれどストレッチならできます」という選択肢があることが大切です。それによりセッションを継続することができ、長期的な成果につながりやすくなります。
そういう要望があった時、私はペアで静的ストレッチをじわじわと行ないます。完全に受け身であるクライアントには負担はありません。その間にコミュニケーションを取り、なぜ疲労しているのか、次はどうしていこうかと、次回からのセッションの計画を立てたり、指導のヒントを見つけたりすることもできます。長いスパンでの関係性を築いていくためには、この時間も非常に意味があります。
トレーナーはクライアントに対して大なり小なり負荷をかけ、望む結果に導く職業です。本来、リラックスと目標達成の両立は難しいと思います。そういった中でストレッチを取り入れることは、疲労感の除去や終わった後の爽快感など、心地よさを提供するツールになると考えます。実際、クライアントから「すっきりしました。次はトレーニングできます」といった反応があることが多く、次回への意欲向上にもつながっていると感じます。もちろん、体の痛みや疲労の除去が大きな目的であるクライアントにもストレッチを行ないます。
青山学院大学陸上競技部での指導において
私は2014年夏から4年間、青山学院大学陸上競技部(長距離ブロック男子※以下、駅伝部)にトレーナーチームの一員として関わらせていただきました。
基本的にはケガ防止のため、ストレッチを中心としたケアを指導し、コンディショニングに自発的に取り組んでもらうための動機づけなども行なっていました。新1年生が入ってくるタイミングでは、練習前に行なう動的ストレッチのメニューを構成し、まずはストレッチに慣れてもらいます。
そこから学年が上がるにつれて、ストレッチが習慣化している選手に向けて、より個人に合わせた動的ストレッチ、静的ストレッチのパターンを提供していきます。基本的にはセルフでのストレッチがメインです。こうした取り組みを続けることで明らかに選手のケガが減ったので、ストレッチ指導は効果があったのではないかと思います。

ここでもメンタル面への効果を実感しました。箱根駅伝が迫った12月のクリスマスくらいから風邪予防のため、駅伝部の選手たちはあまり外出しないようになります。その時期に私たちトレーナーは寮に出向して選手のケアをするのですが、ひとり1時間くらいペアストレッチを行ないます。それが本番前の選手たちを心身ともにリラックスさせることにつながったと実感しています。
また、前述した一般のクライアントと同様に、ここでのコミュニケーションも非常に意義深いものでした。選手にとってトレーナーと距離が近く、思いを話せる関係にあることは安心感につながるようです。ペアストレッチは、その機会としては最適だと思います。
ストレッチの重要性を選手たちに伝えるべく、講習会も定期的に開いていました。選手自身がコンディショニングの重要性を感じていないと、自身で行動することが難しいためです。ここでも心理士としての知識が役立っていたのではないかと思います。
トレーナーは10年、20年、30年と、長期的にクライアントに寄り添う存在です。アプローチ次第では、クライアントの可能性を広げてあげることもできます。長くセッションを行なっている私のクライアントの中には、もともと運動が嫌いでしたが、今ではフルマラソンや障害物レースにエントリーするほど運動好きになった方もいらっしゃいます。トレーナーとの関わりがなければ、そうした行動に行きつく未来は描けなかったことでしょう。
未来を広げる仕事に従事する上で、私自身は心理を学んだり、ストレッチの技術を身につけたりしたことが、セッションの継続やクライアントの目標達成のプラスになったと実感しています。今後もトレーニング指導だけでなく、ストレッチによるアプローチやメンタルケアにも目を向けて良質なセッションを提供していきたいと考えています。