マスターズ制覇の須江正尋「ポーズをとるごとに審査員や観客とのやりとりが生まれるのがボディビル。まだこれを楽しみたい」私たちはその姿をずっと見続けたい




須江正尋、58歳――。代名詞である強烈な背中を武器に日本のボディビル界のトップオブトップに立ち続けてきた男が、初めて、年齢別の日本大会に出場した。

【フォト&ムービー】キング・オブ・マスターズに輝いた須江のボディ

「そういう年になった、ということですかね。今日は、なんだかホットしています」

8月31日に新潟県で開催された「第37回日本マスターズボディビル選手権大会」終了後の会場ロビー。一番最後に選手控室を出て姿を現した須江は、安堵の表情を見せながら、ステージに立った理由をこう語る。

「主戦場は、まだまだ(無差別級の大会である)日本選手権でいきたいんですけど、なかなか十分な比較をしてもらえることも少なくなってきていて。十分に戦った実感がないと、去年1年間やる中で感じている部分がありました。ただステージに立って終わっていくという感じもあり、ちょっと寂しいなと。もっとステージで戦いたい」

数年前までは日本上位のほとんどが40~50代、“ベテラン優勢”と長らく言われてきたボディビル競技も、時代の流れで変化が生まれている。若手の急激な突き上げにより、2024年の日本選手権では20代がファイナリスト(上位12名)の半数を占めた。押し寄せる大きな波に飲み込まれるように、還暦が近づいてきた須江も、35年近い競技生活の中で守り抜いてきたその座から初めて押し出される形となった。

ターニングポイントとなった昨年の大会後、彼は自身のSNSでこう綴っている。

「大会が終わって一息つくと、いつのころからか大会出場を心の底から楽しめなくなっていたことに気づかされました。改めて振り返ると、いつも切迫感を振り払いながら自分を鼓舞し虚勢を張って大会に出ていたように思います。(中略)時とともに自分が置かれた環境や立場が変わっていくなかで、いつのまにか本来あるべき姿を見失っていたのかもしれません。今回の経験を経て、守り背負ってきた重い荷物を下ろして、やっと前を向いて大会出場を楽しめるようになる、そんな気がしています」

そうした中で迎えた日本マスターズ選手権は、40歳以上の選手が対象となり、年齢別にクラス分けされ、最終的に各階級王者が集ってオーバーオール覇者を決する大会だ。須江は50歳以上70kg以下級に出場し優勝、全クラスでのオーバーオール戦も制してキング・オブ・マスターズの座を手にした。

「自分の中ではまだ変われる部分はあるかなと思っていますが、時代の流れというのは止められるわけではありません。今日は同世代の方々と同じステージに立ち、中には学生時代から一緒に出ている選手もいました。昔の気持ちをまた取り戻せたかな、そんな気はしています。もちろん先輩方の中にもとんでもない選手はいますよ。

この競技を続けてきたのは、本当にステージに立つのが好きだから。私たちはある意味でステージに立ってポーズをとるだけですけど、そこでは審査員の皆さんや観客の皆さんと、ポーズをとるごとにやりとりが生まれるんです。それがボディビルであり、そういう機会をもう少し楽しみたいのはありますね」

1週間後には、主戦場の一つである体重別の日本一決定戦「日本クラス別選手権」(千葉県)、そして10月には日本選手権が控えている。

「今後(来年以降)どういう大会に出ていくかはまだわかりませんが、まずは来週の日本クラス別、そして日本選手権。決して、諦めた気持ちで出場するわけではないですよ。出るからには成績を残そうとやっているわけですから。ちゃんと最後までステージの上で戦っていられるように、そうじゃないと楽しくないんでね」

丁寧に言葉を選び、穏やかな表情で取材に応じてくれたが、その言葉の節々に見え隠れするのは、ボディビルという競技への愛と熱量だ。直接口には出さないが「まだまだ若手には負けてられない」、そんな心意気は話していてひしひしと感じさせてくれる。

ファンを魅了してやまない情熱の男、須江正尋。多くの人は彼を「伝説」と称し、それに値する輝きを発してきたのは間違いない。だが、現在進行形で競技に挑み続けるその男に、どこか“過去のこと”のイメージがある言葉を当て込むのは、いささか時期早々ではないか。

不死鳥のごとく血をたぎらせ、これまで以上にギラついた目でステージに立ち続ける須江をいつまでも見続けていたい。

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