1993年のUFCのスタート時、ホイス・グレイシーの闘いぶりは、格闘技の常識を覆した。
それまで「殴っても、蹴っても、投げても、倒れた相手の首を絞めてもいい何でもあり(要は素手のケンカ)においては、組み合う前に、空手やキックボクシングのような打撃で勝負が決まってしまうのであって、寝技なんて役に立たない」と誰もが思っていたが、実際に、屈強なボクサー、空手家、相撲取り、キックボクサー、プロレスラーらを素手で‟何でもあり‟で闘わせてみたら、どの格闘技の選手も、やせ細った柔術家、ホイス・グレイシーに寝技に持ち込まれマウントパンチや腕十字で、ぐうの音もでないほどの完敗を喫してしまったのだ。

それ以来「何でもあり(打撃・投げ・寝技ありの格闘技=MMA)では、たいてい、展開は寝技に移行し、そこで、マウントパンチをはじめとする打撃か、腕十字のような関節技・絞め技で、フィニッシュを迎える」が常識のようになった経緯があり、1993年に10代~20代にリアルタイムでUFCを見ていた世代の中には、オジサンとなった2025年現在も、未だにそれが定石だと思っている人も多いだろう。
MMAにおける技術的なセオリーは急速に変化し続けてきたのに対し、諸々の事情で、変化に対応したテキスト(技術書、教則映像)がほとんどリリースされなかったことが、その一因として、あるのかもしれない。
そんな中、この7月に発売されたMMA技術の解説書「総合格闘技 動画サイトでは公開されない本当に必要な技術」(ベースボール・マガジン社)は、マウントパンチも、マウントからの腕十字も、大外刈も、膝十字固めやアキレス腱固めも腕絡みも、載せていないにもかかわらず、カーフキック、ケージレスリング、ダゲスタン系レスラーのポジショニング、ノースサウス系のチョークなど、モダンMMAにおける必須技術のTIP(コツ)を詳説している極めて稀な一冊である。
さる8月16日のUFCで、日本国内においてはナンバーワンクラスの人気を誇る総合格闘家である朝倉海が衝撃的な敗戦を喫したが、そのフィニッシュとなったギロチンチョークへの展開も、この書籍では、予言するかのように解説されている。「やる人は3か月で強くなる。みる人は観戦が10倍楽しくなる」のキャッチコピーも、ダテではない。
なぜ、あの強い海が負けてしまったのか、知りたい。今のMMAで必要な技って何なの? 現代のMMAの技術にアップデートしたい人は、この本を読むとよいかもしれない。
ホイスがクローズガードの有用性を見せつけて以降、1990年代後半には、インサイドガードからのパウンドでクローズガードを打破できることが示され、2010年代には、選手たちは、テイクダウンを奪われても背中をマットに着けず立ち上がりスタンドでのパンチ&キックで勝負するようになった。そして、2020年代は、その立ち上がり際の相手へのダース、アナコンダ、ニンジャ、各種ネクタイ系……のチョークがカウンターとして猛威を振るっているのだ。
UFCスタートから30余年経てなお、MMAの技術を追うものは、螺旋階段を昇るかのように、歩み続ける必要がある。
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