「う~ん、最後のポーズダウンが楽しかったです」
…というのが、85kg以下級優勝という日本ボディビル界におけるビッグタイトルを獲ってみせた男の大会後の第一声。相変わらずのミステリアス椎名拓也ワールドだな、そうして取材ははじまった。
ボディビルの体重別日本一決定戦「第29回日本クラス別ボディビル選手権大会」が9月7日に行なわれた。85kg以下級は、2023年の神奈川県王者・大久保恵介、昨年のこの階級王者である山本俊樹、小顔かつ高身長のバルキーボディで人気の白井寛人ら、タイトルホルダーが集う重量クラスだ。
そもそも昨年は75kg以下級に出場していたように、2階級アップでの出場はいくら成長著しいボディビルダーであっても稀なこと。「その決断の理由は?」と“一応”問い掛けてみた。
「昨年の85kg以下級に、佐藤茂男選手が出場されていました。また、(クラシックフィジークが主戦の)川中健介君と以前に話した際に『85kg以下級に出てみようかな』と言っていました。僕も含めてみんな千葉県の選手で、今回は会場が千葉市民会館ということもあり、一緒に千葉を盛り上げていこうと思っていたのですが…ふたを開けたら茂男さんは90kg以下級に出場、川中君は不出場で誰もいなくなってしまったという」
そう答えるのは知っていた。なぜなら、自身のYouTubeでもそう話していたからである。こんなテンプレのような答えを聞いて、取材と言えるのだろうか…そう思いながら話を聞いていたところ、珍しく(?)彼のほうから「あと…」と続けてきた。
「毎年、良くも悪くも絞りすぎてしまい、筋肉が削がれていくような感じがあったので、今年はもう少し筋肉が元気な状態で出場したいなと思っていました。優勝という結果自体は嬉しかったですが、やはり適正は80kg以下級だと思うので、来年はその舞台でしっかりと戦えるようにしたいですね」
「今日、大久保君や山本さんと並んでみて、下半身のバルクは課題を感じているので、来年はもっとデカくなった姿を見せたいです」
以上が、この日、短い時間の中でバックステージで彼から聞けた(使える)言葉の全てである。多くを引き出せないのは技量不足で申し訳ないのだが、一方で、彼はこういうシチュエーションであまり語りたがらないのは理解しているつもりである。いずれ彼の中で整理された時点で自身の言葉で発信するであろう、今は深追いはせずそっとしておきたい。
なお、彼の特徴の一つであるフリーポーズに関しては「話せることがないですね…」ときっぱり。この日に見せたパフォーマンスはボディビル競技的に賛否を生むものであったとは感じるが、本人は、そうした周囲の反応は織り込み済みであっただろう。それをわかった上であのフリーポーズを披露したという点で、競技者でありつつも「伝えたいもの」を携えて何かしらの表現をステージで行うのだという彼の強い信念と、ボディビルに対する彼の価値観を、私は尊重したいと思う。
今回の結果をもって、椎名は名実ともに日本のトップビルダーへの階段を一段登ったのは間違いない。緩くふんわりとした独特の空気感は相変わらずだが、それと同じくらい、静かなる狂気の魂を宿しているのはその身体が証明している。
これからも進化と深化を続けていく椎名拓也を見守り続けていきたい。