ここ数年の日本男子ボディビル選手権において、稀にみる僅差の戦いであっのは間違いない。猛獣のような筋量でぐいぐい押す扇谷開登(おうぎたに・かいと/28歳)と、良い意味で異常な大腿四頭筋を武器にプロポーションも良さも備える刈川啓志郎(かりかわ・けいしろう/23歳)。最後に笑ったのは、前者だった。
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10月12日に開催された「第71回日本男子ボディビル選手権大会」は、扇谷の初優勝で幕を閉じた。同じジムで研鑽を積む二人ということもあり、表彰式で抱擁をかわしたシーンはこの日のハイライトである。
「いま自分が出せる実力は出したので、それで負けならそれはそれ。おそらく全てがもっとうまくいっていても負けていたかもしれないですが、そういうタラレバは嫌いなので。全力を出し切ってその結果負けた、それだけだと思います」
冷静に、淡々と、ほんの数十分前までそこで起きていた熱戦を振り返る刈川。だが、溢れんばかりの悔しさを胸に宿しているのは、その目を見ればわかる。ボディビルデビュー以来、「勝てる」と思いながら勝利をつかめなかったのは、おそらくこれが2度目である。2022年の全日本学生ボディビル選手権、学習院大学2年生だった彼は関東学生No.1の称号を携えて挑んだ全国大会で、宇佐美一歩(当時・阪南大学4年)に敗れ2位となった。あの時と同じ表情をしている。
「去年の日本選手権(初出場で3位)は勢いだけだったので、自分の中でも結果がどうなるかは全然わからなかったこともあり、負けは負けですが、『なんか負けちゃった』という感じで。もちろん優勝したかった思いはありましたが、今日の2位は、久しぶりにちゃんと負けを多分味わってます。絶対に勝てる自信が今年はあったので」
予選審査のファーストコールでは、扇谷と刈川の二人だけが呼ばれて比較審査が行なわれた。「誰が優勝するかわからない戦いを見たい」という観客にとっては、その時点で優勝者が実質的に二人に絞られてしまう審査の流れであり、エンタメ性を大いに欠いたので確かである。
一方で、審査員全員のリクエストを集めた上での最終的な審査委員長の判断によるコールであり、1位票・2位票がきれいに二人に割れていたことの証左だろう。あくまで審査の正確性や厳格性を重んじた判断の結果と受け止めたい(個人的には、それでもファーストコールは5~6人を呼び、ラストコールで2人を呼んで改めて比較する流れが、観客にとっても納得感があったのではないかと思う)。
結果として、予選の段階では刈川が1点リードしていたが、決勝審査で一人の審査員が評価を入れ替えたことで、合計点は同点ながら扇谷に軍配が上がることとなった。
「長いようで、短かったような。本当に全てをボディビルに捧げてこの1年やってきたので」
「申し訳ないなっていう思いが…」
と、大会後のステージで声を絞り出した刈川。彼がこの1年、どれほどの思いでこの日に向けた準備を進めてきたのか、それは本当に近くにいた者でなければわかるはずがない。だが、もし彼が金メダルを獲得していたのなら、想像の域は出ないものの、彼の中で描いていたその先のストーリーがあったのではないか。
「これからのことは、またあらためて考えたいと思います」
そう言葉残して、23歳の若武者は会場を去っていった――。