中学生・高校生は「完全な帰宅部」だった。その少女が、高校を卒業するタイミングで進路を決めるときに、なりたかった職業はプロレスラー。しかし親の反対もあり、自衛官の道へ。1年半、しっかりと心身を鍛え上げた後にスターダムのオーディションに応募し見事合格。そして今、期待の新人と呼び声が高いのが儛島(まいしま)エマだ。今年5月にデビューした儛島の体つくりの秘訣に迫るインタビュー全3回の第1回は、完全帰宅部で部活に入ったことがなかった少女が自衛隊に入隊するまでのお話。
男子はダイナミック、女子はしなやかで綺麗……それがプロレスへの印象

儛島エマは大阪出身、小さい頃から運動は得意だったが部活には入らなかった。
「スポーツっていうスポーツはしたことがないんです。中学も高校も完全帰宅部でした。私はインドアで、自宅でプロレスを見たり漫画を読んだりするのが好きだったので、授業が終わったらすぐに帰宅していました。友達がいなかったわけではなくて(笑)、部活をしている友達がほとんどだったので、土日に遊びに行く感じでしたね」
早速“プロレス”というワードが飛び出した。
「小学校5年生の時に初めて、テレビでDRAGONGATEを見ました。当時周りに(プロレスを見ている人は)全然いなくて。印象に残っているのは、ドラゴン・キッドさんとEitaさんですね。最初はキッドさんの動きが凄くて空中殺法がきっかけで好きになったんですけど、だんだんEitaさんの“悪さ”に惹かれていってカッコいいなと思うようになりました。初めて行った会場も、DRAGONGATEのエディオンアリーナ第2でした。私が(エディオン第2で)試合をしたときは、「おお」となりました(笑)。その後、新日本も見るようになって、高校時代ですかね、スターダムも見るようになったのは。スターダムは最初、YouTubeにあるちょっと前の試合をよく見ていました。そのときに印象に残ったのが、AZMさんと吏南さんですね。女子のプロレスは、柔軟性が凄いと思いました。男子がダイナミックなら、女子はしなやかさがあって綺麗、という印象でした」
両親の反対でスターダムのオーディションに応募できず……

そんな儛島が、プロレスラーになることを意識したのは、高校時代に進路を決めるときだった。
「両親からは、ずっと看護師になってほしいと言われていたんですよ。母親が看護師で、安定した職業についてほしいと。でも、子供目線で見ていても看護師はちょっと…というのも、一生の職をその時点で自分の希望とは違うものに決めたくないという思いがあったんです。親が言った通りの道に進んで、後悔しても遅いじゃないですか。なので、若いうちは自分のやりたいことをやりたいなと思って。それで進路を決めないといけないときに、スターダムのシンデレラオーディションの応募告知を見てやってみたいなと思ったんです」
儛島は部活こそ入っていなかったが、体育は得意で成績も良かったという。負けず嫌いで、運動部の生徒にも勝つほどだった。しかし、プロレスラーになる夢はお預けとなる。
「自分の希望としては、すぐオーディションを受けて早いうちに合格してプロレスラーになりたいと。“若さ”は価値があると思っていたので。でも、両親が当然ですが大反対で、その道に進むなら、お金も含めて何の援助もしないと言われてしまって…。そのときに、父親が自衛官はどうだと。おそらく、自衛隊に入ったら(プロレスラーになることを)あきらめると思ったんでしょうね」
