“筋肉博士”石井直方・東京大学名誉教授とともに、500点を超える筋肉イラストを世に送り出してきたニューロック木綿子さん。その20年の間に見たものは、予想もしていなかったフィットネス業界の移り変わりだった。

1枚の中にキャラクターやストーリーを表現したイラスト【ギャラリー】
――筋肉やトレーニングのイラストを20年以上にわたって描いてきたニューロックさんですが、近年のフィットネス界の変化も感じてきたのではないですか?
「ものすごく感じました。『筋肉まるわかり大事典』の連載がはじまった2000年代前半は、“筋トレ=男の世界”というイメージが強くて、『トレマガ』(トレーニングマガジン)に出てくるのもほとんど男性のボディビルダーだったと思います。ジムに行っても、女性がフリーウエイトエリアで黙々とトレーニングしている姿なんてほとんど見なかった気がします」
――そうですよね。今は女性が普通にバーベルやダンベルを持っています。
「若い女性が一人でジムにいるのも日常的な光景ですし、普通の中高年女性も当たり前のようにジムに通ってトレーニングをしていますよね。街を歩いていても、ジムの数が本当に増えました。よく見るとジムだったというような小さい店舗もありますし、コンビニのように生活圏のあちこちにジムがある時代ですよね」
――その要因の一つとしても石井教授のご活躍は大きかったでしょうね。加圧トレーニングやスロートレーニングなどの研究が、女性や中高年をトレーニング現場に誘うことになったと思われますので。
「連載がはじまった頃、編集者の方が『これからは一般の人が当たり前のように筋トレをする時代が来る』『パーソナルトレーナーという職業もメジャーになる』が言っていたんですけど、その時は、本当かなあ、そんな時代が来るかなあ、と半信半疑で聞いていました。でも、それが現実になってきましたからね。トレマガにも女性のトレーニーがたくさん載るようになって、びっくりしています」
――奥さんが急にジム通いをはじめて、いつの間にかコンテストに出ていた、なんていう話も聞くようになりました(笑)。
「私のイラストの幅も時代とともに広がっていった気がします。男性トレーニーばかり描いていると、どうしても似たようなキャラクターばかりになってしまうので、なるべくいろいろな人を描くようにしました。ボディビルダーのようなマッチョな人、これから筋トレをがんばる人、若い女性、ダイエットしたい中高年……と、毎回違う人物を描くことを大事にしていましたね」

――なるほど、たしかに同じ人物はほぼ出てきませんね。
「できるだけキャラクターの幅を広げて、『この人の背景にはどんな生活があるんだろう』と想像できるような人物をつくりたいと思っていました。本文の内容は専門的で堅いものも多いので、イラストでは少し笑えるポイントをつくったり、“オチ”を入れて読む人の気持ちをゆるめたい、という気持ちもありました」
1枚1枚に向き合っているうちに
気がついたら20年以上経っていた

――20年以上続いた連載は、ご自身の生活の中ではどんな位置づけでしたか。
「仕事というよりは“生活の一コマ”という感覚に近かったかもしれません。会社で嫌なことがあっても、この連載のイラストを描いている時は登場人物のとぼけた表情に自分で笑ってしまったりして、気持ちが軽くなっていました。ある意味、心の安定剤のような存在でもあったと思います。お金を稼ぐという目的を超えて、気分を整えてくれたり、生活の中の大事なリズムになっていたりしましたね」
――一つの連載がこれほど長く続く例もなかなかないと思います。
「本当ですよね。私も頼まれた1枚1枚に向き合ってコツコツ積み重ねていたら、気がついた時には20年以上経っていたという感覚ですし、自分でもよく続けられたなと思います。もし最初に『あなた、これから20年以上、500枚以上の筋肉イラストを描きますよ』と言われていたら、不安で踏み出せなかったかもしれません(笑)。でも途中でイラストレーターが変わることもなく、スタートから本になるところまで描かせていただけたのは本当にありがたいことです」
――筋肉についてもかなり詳しくなったのでは?
「すべての内容を細かく覚えているわけではないですけど、普通の女性よりは詳しいかもしれないですね。『へえ、そうなんだ』と思う情報が毎回印象的だったので、少しずつ自分の中に積み上がってきたような感覚はあります。500以上の筋肉情報を読んできましたから。編集者の方から石井先生への質問もよく尽きませんでしたよね(笑)」
――今後はどのような活動をしていく予定ですか?
「一時期、自信を失いかけていたこともあったんですよ。もう私の時代ではないと思ってしまって。私の時代が来たことは一度もないんですけど(笑)、イラストにも流行がありますし、最近はソフトやアプリがあればそれなりのものが誰でも描ける時代になっていますよね。AIも出てきましたし、イラストは特別な人が描くものではなくなってきていると思うんです」
――たしかに“あの人のイラストだ”と一目でわかるような個性は少なくなってきているかもしれませんね。
「そんな状況の中で、私はもう昔の人になっちゃったんじゃないかなとネガティブに考えてしまう時期があったんです。でも、やっぱりイラストを描くのが好きなので、最近はこれを楽しみながら続けていこうという気持ちになってきました。じつは夫が医療系の講師をしていて、今、その講義用のテキストのレイアウトからイラストまでを私が担当しているんです。『まるわかり』とはまったく違うテイストですけど、解剖学などのイラストも描くので、また筋肉と関わるようになってきています」
――20年の経験が活きそうですね。
「そうなんです。学生さんは難しいテキストばかりだと疲れてしまうので、時々少し面白いイラストを入れてクスッと笑ってもらえるように意識しています。それも『まるわかり』の経験があったからやりやすいですね。家には人体模型がたくさんあるんです。結局、カラダの中の世界にずっと関わり続けていますね。ゆくゆくは夫と一緒に作っている解剖学の教材を本の形にまとめてみたいという思いもあります。もちろん、それとは別に自分自身の創作活動やデザインの仕事なども続けていきたいと思っています」
――「石井直方 最終講義」と銘打たれた書籍『筋肉まるわかり大事典』は、ニューロックさんの一つの集大成とも言えますね。
「自分のイラストが500枚以上も載っている本なんて、なかなか出させていただく機会がないですからね。私自身の本ではないんですけど、恵まれているなと思います。読者の方には、この本をきっかけに筋肉のことも自分のカラダのことも、少しでも好きになってもらえたらいいなと思います。筋肉って特別な人だけが持っているものじゃなくて、誰もが最初から持っている自分の一部ですよね。専門的な知識がなくても、自分のカラダの中で何が起きているのかを面白がりながら想像してもらえたらうれしいですし、子どもさんなどはイラストだけ眺めているだけでも何かを感じるかもしれません。そんなふうに見て楽しい、読んで役に立つ本になっていたらうれしいです」
