「お疲れさまでした! あなたの時代はもう終わりです」
2012年1月4日、凱旋帰国したばかりのオカダ・カズチカが棚橋弘至に投げかけた言葉がすべてのはじまりだった。オカダは世代交代を促す言葉として、そう言い放ったのだが、なぜか棚橋はストレートに受け止め、どストレートにこう返した。
「悪いな、オカダ。俺は疲れたことがないんだ」

このひとことで棚橋は「疲れない男」としてプロレスファンに認識されてしまった。
いや、どこかで一度でも否定しておけばそうはならなかったはずなのだが、棚橋は「疲れた」と意地でも言わなかった。絶対に疲れているはずなのだ。選手として闘うだけでなく、プロレスを世間に広める広告塔として、オフのあいだもずっと飛び回っていた。ついには社長との兼任になり、スケジュールは多忙を極めた。きっと、どこかで「疲れた」と言ってしまったら、気持ちが折れてしまっていただろう。自分を鼓舞するために、棚橋弘至は「疲れない男」として全力で走りつづけた。
あれから、14年。棚橋弘至は引退試合を迎えていた。最後の相手は、あのとき「お疲れさまでした」と言ったオカダ・カズチカ。信じられないぐらいの粘り腰で最後の最後まで踏ん張った棚橋だったが、最後は力尽きて3カウントを聴いた。
このまま東京ドームの屋根を見つめながら「疲れた……」と言ってくれたら、この14年間に渡る物語が綺麗に完結するな、と思っていたのだが、棚橋は言わなかった。いや、言えなかった。なぜならば、このあとに縁のあるレスラーたちを招いての引退セレモニーがあり、現役最後となるエアギターパフォーマンスを超満員の観客の前で披露しなくてはいけない。さらに特製ゴンドラに乗ってドームを一周し、ファンに最後の挨拶をするという儀式も待ち構えている。とてもじゃないが、疲れている場合ではなかったのだ。
試合後の記者会見でも、なかなか「疲れた」と言わない棚橋に対して、報道陣から「疲れましたか?」という質問が飛んだ。その言葉を聴いた棚橋は安堵の表情を浮かべ「今、言っておかないと、一生言えないと思うので言っておきます」と前置きし、14年分の想いをこめて、こう言った。
「あ〜っ、疲れた!」
この瞬間、絶対に疲れない超人が『人間』に戻ったーー。
