五輪出場の元重量挙げ選手が「鉄棒」に苦戦!? クロスフィット転向で見えてきた柔軟性の課題




バーベルを一気に挙上し、その一発にすべてをかけるウエイトリフティング。同競技でオリンピックを経験した松本潮霞さんは、現在クロスフィットの世界で活躍中だ。走る、跳ぶ、持ち上げる、ぶら下がるなど、多彩な動作が求められる競技への転向に際し、活用しているストレッチを取材した。

写真提供/松本潮霞

【写真】松本さんが実践するストレッチ

ウエイトリフティングで長年にわたって日本の第一線で活躍し、2016年リオデジャネイロ五輪にも出場した松本潮霞さん。現役引退後は会社勤めを経験し、34歳となった現在、クロスフィッターとして第二の競技人生を歩んでいる。そんな松本さんがストレッチを取り入れたのは、ウエイトリフティングを始めるより前のことだった。

「小さい時、宝塚歌劇団に入りたいと思っていたんです。きっとバレエとかやるんだろうなと思って、ずっと股割りをしていました。それで柔らかくなったんだと思います」

その柔軟性は、後に選んだウエイトリフティングでも大きな武器となった。足首や股関節が柔らかく、深くしゃがみ込むことにも苦労しなかったからだ。ただし、求められるのは単に体が柔らかいことではない。スナッチやクリーン&ジャークでは、バーベルを一気に引き上げ、深くしゃがみ込んだ状態で重量を受け止める。大きな可動域を確保しながら、その姿勢でも体を支え、力を発揮しなければならない。

「しゃがみ込んだ時、ある程度力が入っていないといけないです。逆にそこで力が抜けたら失敗しますし、ケガにもつながります。筋肉がガチガチだとうまく力が入りませんし、うまく力を抜くこともできない。そういう意味でもストレッチが必要なんだと思います」

足首、臀部、胸まわりなど、競技に必要な可動域を確保するために、さまざまな部位へアプローチした。筋肉量の多いウエイトリフターだけに、その方法も独特だったという。

「ウエイトリフター同士で体を踏み合うんです。座った状態で腕を上げて、その上に乗ってもらうとか。世界的にもみんなやっていました。私はそれが当たり前だと思っていたんですけど、今の世界でやるとみんな『痛い痛い』ってなります。ウエイトリフターは筋肉が大きくて厚いので、人の指とか自分の力だけでは、ストレッチのための力が届かないです」

その中でも重視したのが、胸や肩甲骨まわりだ。

「胸や肩甲骨まわりが動かないと、体幹に力が入りにくくなります。そうすると、腰を反ることで背中や胸のポジションをつくるような体になってしまう。腰に負荷がかからないように、胸や肩甲骨まわりがきちんと動くようにしてあげないといけないんです」

松本さん自身、現役時代には腰椎分離症や椎間板ヘルニアも経験した。競技生活を送る中で、腰だけに負担を集中させず、胸や肩甲骨を適切に動かすことも意識してきた。

胸や肩甲骨まわりの可動域を確保(写真/中障子重紀)

競技転向で「一発屋」から「何でも屋」へ

リオデジャネイロ五輪2016出場後に現役を引退した松本さんは、所属していたALSOKに残り、約3年間会社員として働いた。同時に、長年続けていた体のケアからも離れていった。

「もう減量もしなくていいし、それこそストレッチもしなくてよくなりました。食べて飲んで、そんな生活をしていたらすっかり太ってしまいました」

ウエイトリフターとしてトップ戦線を走ってきた(写真提供/松本潮霞)

体重は現役時代から12~13kg増え、もともと柔らかかった体も次第に硬くなった。そんな中で代々木のクロスフィットジム『BLACK SHIPS』のオーナーから、YouTubeでのダイエット企画に誘われたことが転機となる。最初は断ったものの、最終的には挑戦を決意。日本トップクラスの女性クロスフィッター・作山悠子さんが担当するクラスに毎日2時間参加し、ウエイトリフティングとは異なる体の使い方に触れていった。

「ウエイトリフティングって、たぶんスポーツの中でも珍しくて、かかと重心なんです。さらに左右同じ動きで、上下運動しかない。でもクロスフィットだと前に出ていく動作もありますし、鉄棒のようにぶら下がる動作も求められました」

クロスフィットではバーベルだけでなく、ランニングやローイング、鉄棒を使ったジムナスティックスなど多彩な種目をこなす。股関節や足首、手首の柔軟性はそのまま強みになった一方、最も苦労したのが鉄棒だった。バーマッスルアップでは鉄棒にぶら下がり、体を振った勢いを利用して鉄棒の上まで体を引き上げる。松本さんにとって未知の動作であり、肩まわりの柔軟性が新たな課題となった。

ぶら下がる動きは未知の可動域を必要とした(写真/Joe Ichino)

「大人になってから急に鉄棒にぶら下がって、たくさん振るような動きをすると、肩がやられやすいと思います。クロスフィットで一番ケガしやすいのは肩じゃないかなと。私自身も無理な動きをすると肩が痛くなったり、ちょっと痺れたりします」

変わったのは動作の種類だけではない。力の使い方も大きく異なった。

「今までは筋肉を使う、筋肉に効かせるような運動しかしてこなかったんです。でもクロスフィットでは、いかに運動中に自分の筋肉に効かせないかが重要です。動き続けるために、いい感じに力を抜きながら動かないといけないんです」

一発に集中して力を発揮するウエイトリフティングから、適度に力を抜きつつ動き続けることも求められるクロスフィットへ。松本さんはそんな自身の変化を「一発屋から何でも屋」と表現した(後編に続く)。

◆本記事は日本ストレッチング協会 協会誌「CREATIVE STRETCHING Vol.74」で紹介された内容を再編集したものです。

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