「昔すごかった人」で終わらないように 五輪出場の元重量挙げ選手・松本潮霞が34歳で歩むセカンドキャリア




ウエイトリフティングでオリンピックにも出場した松本潮霞さんは、現在クロスフィットの世界で第2の競技人生を歩んでいる。そんな彼女のボディケアについて迫るインタビュー。後編では具体的な取り組みや、クロスフィット転向に込めた思いを聞いた。

【写真】松本さんの競技フォト 鉄棒への挑戦も

柔軟性だけでなく、体の使い方を変える

新たな課題となった肩に対して、練習と並行してストレッチにも取り組んだ。取材時に見せてもらったのは、ボールに背中を預けて胸を開き、5kgのダンベルを持つストレッチ。30秒×3セットを、練習前に毎日行なっている。鉄棒種目で必要となる肩まわりの可動域を確保し、ぶら下がった際の適切な姿勢をつくることが狙いだ。

5kgのダンベルを用いたストレッチで肩まわりの可動域を広げていく(写真/中障子重紀)

競技中には自分の体重や重量がかかった状態で大きな可動域が求められるため、自重でのストレッチで得られる可動域では適応が難しい。重りや強度の高いバンドを使い、自重だけでは届かない範囲へアプローチすることもある。

バンドを使ったストレッチも実施(写真/中障子重紀)

クロスフィットはそれまで見えていなかった弱点もあぶり出した。ウエイトリフティングでは基本的に両手、両脚を使うが、クロスフィットでは片脚でのスクワットや、片手で重量を扱う種目もある。

「いざ片脚のスクワットだったり、片手のプレスになったりすると、すごく弱くてもろかった。支えるための可動域や筋力が足りていなかった。片側だけになった時に支えられていなかったものを、両手・両脚でやることでごまかしていたと思いました」

もうひとつ、見直したのが骨盤の使い方だった。長年のウエイトリフティングで、胸を張り、骨盤を前傾させた姿勢での力発揮が体に染みついていた。一方、鉄棒種目では骨盤を後傾させ、胸を丸める動きも必要になる。目指したのは、前傾していた骨盤を後傾へ“直す”ことではない。競技動作に応じて、前傾と後傾のどちらにも動かせる体をつくることだ。

骨盤の前傾、後傾について説明する松本さん。競技転向で体の使い方も変化した(写真/中障子重紀)

そんな松本さんには、競技が変わっても毎日続けているストレッチがある。そのひとつが、腰、背中、首までを伸ばす種目だ。競技力アップはもちろん、日々のコンディショニングにもストレッチは一役買っている。

「よく伸びる時は調子がいいなとか、自分のコンディションを測るものさしのひとつにしています。あと、これはケアの部分ですけど、練習後はストレッチをしたりケアグッズを使ったりして、使った体をそのままにしないようにしています。寝る前と朝起きた後もケアするようにしています」

胸の前や肩甲骨を動かすストレッチも継続した。自分の力で無理に伸ばすのではなく、姿勢をつくった上で重力を利用するのがポイントだ。体づくりもストレッチも、ウエイトリフター時代に培ったものを捨てるのではなく、足りなかった要素をひとつずつ獲得していく。それが、松本さんのクロスフィット転向後の方向性だ。

長く継続している腰、背中、首までを伸ばすストレッチ(写真/中障子重紀)

新たな挑戦の先に見えたもの

松本さんが引退後に考えていたことのひとつが、ウエイトリフティングに打ち込んだ選手のセカンドキャリアだった。

「ウエイトリフティングに夢中になった子たちが、選手を辞めた時の選択肢を増やしたかったんです。もしくは、バーベルでご飯を食べられる人を増やしたかった。草野球みたいにみんながカジュアルに楽しめる文化があって、その中でプロが輝く。ウエイトリフティングでも、そういう環境ができるといいんじゃないかなと思っています」

一般の人が競技を楽しめば、トップ選手を応援する人も増えていく。その先に競技を続けながら生活できる環境や、引退後の選択肢を広げていきたいという思いがある。クロスフィットで目にしたのは、まさに一般の人たちがバーベルを楽しむ光景。そこに可能性を感じたことも、松本さんがクロスフィッターの道を歩む理由だ。

「『バーベルってどうやって挙げるの?』『挙がったら気持ちいいね』って。私はこんな世界を知らなかったんです。ウエイトリフティングでは挙げるのが当たり前で、失敗したらダメ。でもクロスフィットでは『失敗しちゃった。もう1回やってみよう』みたいな感じで、『こんなにカジュアルにバーベルを楽しんでいる人たちがいるんだ』と思いました」

写真提供/松本潮霞

当初はダイエット企画として始めたクロスフィットだったが、競技開始から間もなく、日本一決定戦である『JAPAN CHAMPIONSHIP』に挑戦。初年度は予選敗退だったものの、翌年には予選を突破し、Eliteカテゴリーで本戦10位まで到達。今年の同大会ではRxカテゴリーで3位入賞をはたした。現在は人に教える立場になりながら、自らも競技者として挑戦を続けている。

「『あの人って昔すごかったんだよ』と言われないようにしたいです。つねに毎年、自分をアップデートして『いつも人生で一番若い』みたいな状態でいたいですね」

ひとつの競技に適応してきた体に、新しい動きを加える。競技人生そのものにも、新たな可能性を加えていく。五輪の舞台を経験した今も、松本潮霞は自身をアップデートし続けている。

◆本記事は日本ストレッチング協会 協会誌「CREATIVE STRETCHING Vol.74」で紹介された内容を再編集したものです。

◆日本ストレッチング協会のHPはこちら