ビートたけしの“見方”が人生を好転させた!
(第一回はこちら)
1996年、飯田覚士は世界タイトルに初挑戦した。しかし、結果はプロになって初のダウンを奪われ、5回TKO負けを喫した。しばらくして、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で世話になったビートたけしに報告に行ったが、その際にたけしからかけられた言葉が後の人生に大きな影響を与えたという。
「まあ、飯田くん、負けちゃったけどさ。俳優もそうなんだけど、いろんな視点があるといいね。カメラアングルみたいな。俳優も演技するとき、自分の視点じゃなくて、こっちから向けられたら自分がどう写ってるんだろうとか、考えたりしてんだよ。飯田くんも、そういう視点というか、見方ができるといいね」(『見る力』(飯田覚士著より)
飯田:映画の現場にご挨拶に行きましたが、たけしさんから、もっとボクシングのことを言われるのかと思っていました。「いろんな視点を」と言われたことは意外だったので驚いたのですが、とても印象に残りました。その後、ボクシングの練習でもカメラを複数持つということを意識しましたね。アングルの違うカメラを頭の中に持てるようになり、必要な場面ごとに切り替えて闘えるようになりました。
博士:殿(ビートたけし)とボクシングは、殿の人生観を象徴するほど重要な要素があるんだけど。殿はボクシングについては昔からすごく詳しくて、歴代の名試合の古いビデオもたくさん持っているし、高校時代にヨネクラジムに通っていたほどだから。
飯田:ほんとうに詳しいですね。ナジーム・ハメドという変則的な天才ボクサーがいたのですが、たけしさんは日本に紹介される前からご存知でした。『あいつはすごいね』と言われましたが、僕はまだその頃知らなくて、その後に注目されるようになりましたから。(※ナジーム・ハメド:3団体の世界フェザー級王者。変幻自在のファイトスタイルで異彩を放ち、相手を挑発するスタイルから『悪魔王子』と呼ばれた。ボクシング漫画『はじめの一歩』に登場した名悪役「ブライアン・ホーク」のモデルとされている)
博士:ボクもハメドが大好きだった。長男が、幼い頃にずっとハメドのTシャツを着せてたほどなんだけど、(笑)ノーガードから飛び込んで、すごいパンチを打つのがスリリングだったね。たけしさんが飯田さんに伝えた言葉だけど、いろんな視点を持て、ということは今までたくさんの人に言っていますね。役者の演技論でも、それを言っているし、『俯瞰で自分をとらえる』と言うのはたけしさんの人生観そのものでもある。ビートたけしを演じているのを俯瞰で見ながら、社会から自分がどう見えているかを凄く意識している。日常の自分の視点、心の目、いわゆる自我の視点、外部から自分を見られる視点、さらには時代状況のなかで現象として自分を捉える視点、映画のときもそうだし、実生活においても自分がどう見えるか、常に客観視しているんだよね。
飯田:そうだったんですね!ボクサーとして「負けを悲しんだり、落ち込んだりするだけじゃなくて、もっとプラスになるよう角度を変えて見てみろ」という意味もあったのかとも考えました。村田(諒太)くんなどに「自分の目線からだけじゃなくて、相手の目線から自分を見てみよう」などとアドバイスしていますけど、たけしさんから教えてもらったことを伝えています。(※飯田は、1997年4月にタイ人の王者、ヨックタイ・シスオーに挑戦してドロー。同年12月の再戦で判定勝ちして、悲願の世界タイトルを奪取した。)
飯田:ヨックタイはムエタイでもスーパースターだったんですが、若くて僕より年下だったんですね。それもあってか、彼の表情が読めた。あ、今、迷ってるな、苦しいんだな、などとわかったことが勝負では大きかったと思います。逆にチャンピオンではないけれど、まったく表情に出さない選手は怖かった。ある外国人選手は戦場で闘った経験がある、という噂があって、お腹にナイフで斬られたような傷がありました。まったく表情を変えませんでした。
博士:成長という視点になると思うけど、飯田さんは王者になる過程で、冷静で客観的に対戦相手を見ることができるようになったと思うんです。プロとしては相手と向かい合っていながら、観客とも向き合っているという意識はあったんですか?
飯田:いわゆるゾーンのような集中した状態になると、対戦相手と一対一になって、相手だけが見えるような感じになります。相手がスローに見えて、誰もいなくて、静かな、海の底にいるような感じなりました。
博士:へえー、それは映画の『レイジング・ブル』(ロバート・デ・ニーロ主演、マーチン・スコセッシ監督のボクシング映画)の1シーンのようだね。音がまったく消えてしまうような静寂(しじま)の瞬間が訪れるんだろうね。
飯田:練習のときはたけしさんに言われたこともあって、いろんなアングルを持つことを意識しました。ボクシングはジャッジ3人で点数をつけますが、リングは4辺あって、そのうち3辺にジャッジがいます。ジャッジそれぞれがどう見ているか、もちろんレフェリー、相手のセコンドからの見え方も意識していました。
博士:それはすごい! ゾーンといえば、ボクも概念的に興味があって、意識しているんだけど、過去、2回ぐらいゾーンの状態で漫才をやったことがある。
飯田:ホントですか!?
博士:凄く調子の良いときって、自分のセリフがスローになって記憶されていて、相棒(玉袋筋太郎)のセリフもスローで聞こえる感じがする。台本は覚えているから、頭に台本の映像が浮かんで、ページが全部見えながら、進行とともにめくっていって、ああ、こことあそこにアドリブが入れられるなとか、こことあそこは韻が踏めるな、とか、本当の時間経過と違う時間的な余裕を持って考えられる状態があったの。台本の構成をこう入れ替えられるな、とも瞬時に判断ができる。でも、それが毎回じゃないの。一度経験すると、常にゾーン状態で舞台に立ちたいと思うけど、ボクサーが試合ごとに体調や調整の状態が違うように、事前にセリフがどう頭に入っているかは差があるし、不安や緊張があると、バタバタと精神的な理想像が崩れていってしまってゾーンどころじゃなくなる。ゾーンって、概念はスポーツだけではなく芸事にも通じている感覚なのだと思う。
(第3回につづく)
1986年にビートたけしに弟子入り、翌年、玉袋筋太郎と「浅草キッド」を結成。芸人としてはもちろん、文筆家としても精力的に活動。『藝人春秋2』(文藝春秋)『博士の異常な健康―文庫増毛版』 (幻冬舎文庫)など著書多数。日本最大級のメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』の編集長、またユーチューバーとしても絶賛活動中。
第9代WBA世界スーパーフライ級チャンピオン。日本視覚能力トレーニング協会代表理事。2004年、「飯田覚士ボクシング塾ボックスファイ」を設立し、ビジョントレーニングと、体幹トレーニングを融合させたオリジナルプログラムを開発。プロボクサー村田諒太選手の目のトレーニングを指導している。http://www.boxfai.com/
取材・押切伸一/撮影・佐久間一彦