“柔道三冠”の実績を引っ提げてプロレス界入りをはたしたウルフアロン選手。柔道とはまったく異なるプロレスの世界でも、成功をつかむことができるのか? 元週刊プロレス編集長で、現在は柔道マガジンの編集も手掛けるVITUP! 編集長の佐久間一彦に、ウルフ選手がプロレスラーとして成功するためのポイントを聞いた。
【フォト】プロレス界でも可能性十分 ウルフ選手の迫力の柔道技
柔道→プロレスへの転身。課題もあるがポテンシャルは十分
柔道家がプロレスラーに転身した例は過去にもありました。近いところでいえば、小川直也さんは1997年4月12日に“プロ格闘家”として新日本プロレスのリングに上がり、その後、プロレスラーへと転身しています。当初は柔道衣を着てリングに上がり、柔道出身のプロ格闘家がプロレスラーと戦うという構図でした。一方、ウルフ選手は新日本プロレスに入団しているので、新人レスラーとしてデビューすることになります。すでに道場に通ってプロレスの練習に取り組んでいるということで、小川さんのケースとはまったく別物になります。
課題となるのは、柔道にはなかった動きの習得でしょう。ひとつはロープワークです。他競技から転身したアスリート選手も、過去にはプロレス特有のロープワークの習得に苦労したという話を聞きます。実際、私も取材でロープワークの練習をさせてもらったことがありますが、ロープはかなり硬くて数回往復しただけで痛い。うまく走るための技術を習得する必要もあり、これができないと試合が不細工に見えてしまいます。
ロープワーク同様に柔道にない動きといえば、縦の動きです。飛んでくる相手の対処は経験したことがないはずなので、そこにどう対処するか。あるいは自分がコーナーに上がって攻撃を仕掛けることがあるのか? ここはセンスも問われるのでやってみないと見えない部分でもあります。他にもキック、チョップといった打撃、あるいは場外乱闘や凶器攻撃といった反則もプロレスにはあります。柔道はルールで禁止されていることが多々ありますが、プロレスはほぼ何でもありなので、対処しなければいけないことが多い。これらをひとつずつ潰していくことが求められます。
また、リング上での動き方もレスリング出身者より対応に時間がかかると予想できます。レスリングはつま先重心でフットワークを使って動きますが、柔道の場合は地に根を張るように足をしっかり畳につけて戦います。柔道の動き方はプロレスの動き方とまったく変わってくるので、こうした部分も課題となってくるでしょう。ただ、ウルフ選手は運動能力も高い選手なので、慣れさえすれば問題なく対応できると思っています。
目指すべきレスラー像とは?
柔道は礼に始まり、礼に終わる世界なので、畳の上でショーアップされたパフォーマンスをすることはありません。東京オリンピックで金メダルを獲得した際は派手なガッツポーズをしていましたが、ウルフ選手も普段はパフォーマンスをすることはありませんでした。ではパフォーマンスが苦手か? といえば、そんなことはないと思います。ウルフ選手のバラエティー番組での振る舞いを見てもわかる通り、サービス精神は旺盛。さらに彼はクレバーで話も上手なので、リング以外のパフォーマンスでも力を発揮できると思われます。WWEが好きということからも、プロレスの多様性をうまく活かしそうな予感がします。
もうひとつ気になるのは、柔道技をどうプロレスに生かしていくか? ということ。小川直也さんは得意の大外刈にSTO(スペース・トルネード・オガワ)と命名して得意技にしていました。同じ柔道出身だからSTOを使うかも…と考える人もいるかもしれませんが、それはないでしょう。
ウルフ選手はオリンピックを制した大内刈をはじめ、内股、肩車、引込返など、多彩な技で勝利を重ねてきました。その中で私が一番プロレス向きと思っているのは内股です。
以前に書籍の取材で内股の練習を見せてもらったことがあるのですが、半端ない威力を持っています。相手を大きく跳ね上げて一回転させると、下手したら相手が大ケガしてしまうのでは? と心配になるくらいです。それくらい威力のある内股をプロレス流にアレンジすることができれば、見栄え的にも威力的にも代名詞のようなフィニッシュにしていけるかなと期待しています。
どんなレスラーになっていくか? と考えると、誰々のような選手という前例は浮かびません。誰かの二番煎じではない、オリジナルの“ウルフスタイル”を確立し、オンリーワンのプロレスラーになっていくでしょう。
オリンピック金メダリストのプロレス転身といえば、WWEで活躍したカート・アングル(アトランタオリンピック・レスリングフリースタイル100㎏級優勝)がいます。将来的には彼以来のオリンピック金メダリストとして、WWEが獲得に動く可能性もあるかもしれませんね。まだデビューもしていないので、はるか先の話になりますが。
ウルフ選手は現在29歳。アスリートとしてはベテランの年齢ですが、プロレスの場合は他のスポーツと同じ基準でははかれないので、年齢はまったくネックにならないでしょう。実際、50代でバリバリ活躍する選手も数多く存在します。プロレスの場合は実年齢よりも、競技年齢が影響するので、言ってみればウルフ選手はまだ0歳。自分次第でどんどん伸びていけます。とにかく可能性の塊であるウルフ選手は、これからのプロレス界を大いに盛り上げていくでしょう。