4人のきょうだい全員がいっせいにアマレスをはじめたとき、彼女はまだ小学4年生だった。早くからのめり込み、めきめきと実力をつけていくと、オリンピック出場が夢になった。
しかし、高校入学後、練習中のケガで選手生活を断念。レスリングで入ったアマレスの名門高校もやめてしまう。そんな頃、偶然目にしたプロレスが彼女の落ち込んだ心に光をさしてくれた。プロレスへのあこがれを抱いた山岡聖怜(やまおか・せり)がアマレスでの輝かしい実績を引っ提げてマリーゴールドに入団、今年1月3日にプロレスラーとしてのデビューをはたした。

一緒に練習を積み、こちらもアマレスで実績を残した姉、山岡雅弥(みやび)がグラビアアイドルということもあり、デビュー前から「美少女JKレスラー」として注目を集めてきたわけだが、もちろんプロレスラーとしてのポテンシャルも群を抜いていた。やはり、数々の大会で積み上げてきた実績と実力は伊達ではない。「スーパールーキー」の冠に偽りはなかったのである。
とはいえ、アマレスとプロレスは似て非なる競技だ。プロレスは決してアマチュアレスリングのプロではない。ルールや試合形式からしてまったくの別物である。プロレスは勝ち負けを競いつつ、観客に見せることも問われるエンターテインメントの側面も持つ。それだけに、山岡はレスリングとプロレスの違い、アスリートとスポーツエンターテイナーの区別に戸惑うことも多々あった。となれば、おのずとトレーニング方法も変わってくるだろう。
では、どんなところに戸惑い、どう克服していったのか。また、アマレスとプロレスの共通点や違いなどにどう気づき、自分のプロレスへいかにして活かしていったのか。そんな疑問を直接、山岡に聞いてみた。まずは、アマレスからプロレスへの転向時についてから――。
「プロレスを始めるにあたって、アマレスをやめてからちょっとなにもしていない時期があったので、夜にランニングをして、筋トレをして、ジムにも通うようになりました。(アマレス断念のきっかけになった)肩のほうもまだ万全と言える状態ではなかったので、そこは気を遣いましたね。なので、大きなダンベルとかじゃなくて、チューブを使って小さな筋肉をちょこちょこつけるようなトレーニングを心掛けました。体型管理のほうも意識していて、筋肉を増やすことは大事ですけど、太りすぎちゃうと動けなくなるので、動くことに対してベストな体型を保てるように意識してやっています。最初だけではなく、そこは今もずっと続けていますね」
心の準備も含め、このような意識でプロレスへのトレーニングにシフトチェンジしていった山岡。では実際にプロレスのトレーニングをするようになってから、どんなことを感じたのだろうか。

「プロレスをしてみて、トレーニングの段階からまずは、すごく難しいなと思いました。アマレスとは真逆でした。似てるようで全然似てないです。レスリングはガッチリと2人で闘いますけど、プロレスではプロレスラーが見てるお客さんとコミュニケーションを取ってる。闘いながらこれをするって、すごいなと思いましたね。試合中に声を出したり表情を変えたり。これってアマレス時代は考えられなかったことです。たとえば、レスリングの試合中に弱気な顔はできないですから」
弱気な顔を見せたら相手に悟られる。そうなれば相手がさらに有利に立つだろう。逆も決してプラスにはならない。そもそも表情のことを考えている暇などないし、そんな発想すらなかった。感情を表に出して見せるとは、プロレス界に来てから知った考え方だと言っていい。
「プロレスでは感情をそのまま出したほうがいいと教わりました。そこにあまり戸惑いはなかったんですけど、自分はもともと感情を出さないというか、出すのが苦手なタイプなので、表情に出すのはすごく難しいです」
彼女の言う通り、表情に乏しいのはアマレス時代からの癖ではなく、山岡はどちらかというとクールなタイプ。感情を見せるとはある意味カルチャーショックでもあり、もっとも難しい課題にもなったようだ。
「感情が出てくるって、自分では笑うときくらいだと思いますね。自分だって限界を超えたら怒るけど、イラっとしたときにはその場からいなくなるので。泣きたいときは、(部屋に)籠るし…。でも、プロレスでは人前でこういうのを見せてもいい。というか、見せるべきなんですね」
また、試合の場からしてもプロレスは違う。リングがある、ロープがある。試合形式もシングルマッチのみではなく、タッグマッチもある。闘う人数もさまざまだ。
「ロープ、痛いです(苦笑)。(ロープワークは)本当にすごいと思いますね。難しくて最初は泣いたというか、(ロープ間を走る)練習をしてもなかなか満足にできないんですよ。ロープワークもだし、受け身もそうでした。どちらも本当に最初の頃は苦戦しましたね」
アマレスで相手の技を受けてしまえば、それはそのまま敗戦につながるだろう。しかしプロレスでは、受けてからなにかが始まることも多い。だからこそ、受け身は重要。ケガを防ぐのはもちろん、そこからの逆転を見せるためにも、だ。そしてそれは、他種からの転向組がぶち当たる壁でもあるのだが…。
「私の場合、受け身の多さに抵抗はなかったです。プロレスはそういうものだとわかってきたし、そんなプロレスが好きで入ってきたので。でも実際にとってみると、プロレスの受け身って本当に難しいですね。とくにある程度できるようになってからなんですけど、後ろ受け身が急に怖くなった時期があって。それまではバンバン取ってたのに、怖さを知るとできなくなってしまって…」(後編に続く)